初期タイトル:ほのぼの敵連合
今回の敵連合イベントのお陰でせこせこ書いていた小説を書き上げ気になったので自分の尻叩き目的で上げます。
2022/04/02 完成しました。
パシュンと圧縮を解除し、中に入っているネズミを取り出す。
マジシャンの頃から小道具としてネズミを使っていたこともあって今でも時々見かけたネズミを捕まえては調教している。特に戦闘に役に立つこともないので言ってしまえばただの道楽だ。カチリと義手を鳴らすと音に釣られてネズミがトコトコとやってくる。うん、順調、順調。きちんと出来たご褒美に小さなネズミの手にチーズを渡すとネズミは勢い良くもぐもぐと食べ始めた。
「そんなに必死にならなくてもチーズは逃げやしないぜ」
ネズミを小突きながら語りかけるが迷惑そうに目を細めるだけで依然としてチーズに齧りついている。
すると、背後から声が聞こえた。
「圧紘くんは誰とお話しているのですか?」
「あれ、トガちゃん。いたんだ」
「今さっき仁くんとお買い物から帰ってきたところなのです。それで誰とお話していたのですか?」
首を傾げながらトコトコと歩み寄って来るトガちゃんに見えるようにネズミの首根っこを掴み、「こいつと」と答える。
「ネズミさんですか。圧紘くんが飼っているのですか?」
「ま、飼っているといえばそうなるかな。ま、餌と一緒に圧縮してるから大半はポケットの中だけど。たまには出してやるかなと思ってさ」
お食事タイムを邪魔されたネズミがジタバタと暴れ始めたのでそっと元々いたテーブルの上に戻す。ネズミはチーズに向かって走り出し、再び齧りついた。
「ネズミさん、チーズを食べるのに必死なのです。カァイイね〜。お名前はなんて言うのですか?」
「名前はつけてないよ。下手に名前をつけると情が移っちゃうからね」
「そうなのですか」
トガちゃんはカァイイと連呼しながら、ネズミをツンツンと触り始める。初めは鬱陶しそうに目を細めていたネズミも食事の邪魔をされて苛ついたのかチュウ!と鳴いてトガちゃんの指に齧りついた。
トガちゃんの指からは血がポタポタと零れ落ちる。それを見たネズミは悪いことをしたと思ったのか、ペロペロと傷口を舐めていた。
「あらら、バンソーコー貼っとかないと」
絆創膏を取り出してトガちゃんに差し出す。けれど、トガちゃんは絆創膏を受け取ることなく血の滲んだ傷口をジッと見つめていた。
「トガちゃん?」
俺の呼びかけにこちらを向いたトガちゃんは恍惚とした笑みを浮かべていた。
「圧紘くん!この子の名前、決めました!チュウくんです!」
「え?何?急にどうしたの?」
「一緒なのです!チュウくんも血をチュウチュウするのです!決めました!この子を敵連合のマスコットキャラクターにするのです!」
「マスコットキャラクター?」
「みんなでこの子を飼うのです!いいよねぇ?圧紘くん!」
キラキラとした目で見つめられるとダメとは言えない。エンターテイナーはその目に弱いのだ。曇らせることはできない。それにきっと血をなめる様子に、トガちゃんはシンパシーを感じたのだろう。敵連合という男だらけ空間でトガちゃんが好きな可愛いものに触れ合う機会を与えるのもそう悪くない。
「まあ、いいけど……ちゃんと世話をするんだよ?」
「任せてください!最強のマスコットキャラクターにするのです!」
いまや人々の恐れる天下の敵連合となったというのにマスコットキャラクターがこんな小さい食い意地の張ったネズミ一匹と知られた日には憧れている敵連中に顔向けが出来ないなと思う。でも、トガちゃんの笑顔を見ているとまあそれでもいいかと思えてきた。俺達はヒーローと称する連中が蔓延り、ヴィランとされる人間が肩身の狭い思いをする世界を変えるために日々ヒーローと闘っている。そんな、世界から排斥された存在の笑顔こそマスコットに相応しい。
チュウくんと名付けられたネズミと一緒に戯れるトガちゃんを見ていると、煙草を吸いに外に行っていたトゥワイスが帰ってきた。
「トガちゃん何してんだ?」
「仁くん!見てください!チュウくんです!今日から敵連合のマスコットキャラクターとして入ってきたのです!」
「へぇ~可愛いじゃねぇか!『汚ねぇな!捨てちまえ!』そいつをどうするんだ?」
「どうするとはどういう事でしょうか?」
「そいつを飼うなら居場所がいるだろう?このボロ屋で放し飼いしたんじゃ、どこから逃げ出すか分からないからな。『放し飼いでいいじゃねぇか!ゲージは窮屈だ!』」
「それもそうです。じゃあ、おっきいゲージを手に入れましょう!」
そう言いながらトガちゃんが俺の方をチラリと見る。 その目には期待が込められていた。
「いやいや、そうはいってもお金ないよ。俺の義手を直すお金すらないのに」
「トガちゃんのためだろ!へそくりとかないのかよ!」
「あったら先に義手を直してるでしょ……」
「じゃあ、諦めてミスターの圧縮玉で飼うか……『盗んできちまえばいいじゃねぇか!』」
「その手があったのです!ないなら盗ってきちゃえばいいのです!」
トガちゃんのその言葉にトゥワイスが狼狽える。
「いや、ダメだ。トガちゃんに盗みなんてさせられない。『盗み上等!強盗しようぜ!』てめぇは黙ってろ!」
「じゃあ、こうしましょう。この前やっつけたヴィランのアジトに大きな水槽があったので、それを取りに行くのです。それなら持ち主はもう居ないのでセーフなのです」
「さっすがトガちゃん!天才だな!」
トゥワイスは両手の親指を立ててグッドサインを作り、大げさなぐらい縦に振った。俺は強盗が殺人後の強盗に変わっただけじゃないかと思ったが、トゥワイス達が納得しているのでそれで良しとした。
「それじゃ、いってらっしゃい」
俺は義手を振って二人を見送る。が、二人は驚いた顔をしてさも当然と言わんばかりに義手を掴み、引っ張る。
「ミスターも一緒だぜ」
「そうなのです。ガラスで出来た水槽を運ぶのは大変なのです」
「俺の分身を出せばいいでしょ!」
「それだとつまんないのです!」
「つまらないぞ!ミスター!『俺はトガちゃんと二人でもいいけどな!』」
プゥと頬を膨らませて二人が詰め寄ってくる。どうやら俺も行かないといけないようだ。確かにこの二人を行かせるのは些か不安がある。アジトに残って心配するよりもついていったほうがいいかもしれない。
「分かったよ。ついていけばいいんでしょ」
「「やった!」」
二人はハイタッチをして喜んでいる。そう嬉しそうな顔をされるとそう悪い気はしないものだ。
トゥワイスが出したスピナーの分身にトラックを運転させ、俺達三人は到着まで荷台で過ごす。敵連合全員で移動するときは荼毘と死柄木が煩いのを好まないのでトガちゃんもトゥワイスも静かにさせられているが、今日はいないのではしゃいでいる。どうやらチュウくんハウスの案を考えているようだ。
「これ、ミスターの分な」
トゥワイスから白紙とペンを渡された。
「え、何。これ」
「チュウくんハウスの内装を考えるんだよ。チュウくんに相応しいとびっきり豪華な内装にしてやりたいだろ?『下水道がお似合いさ』」
「俺は特にこだわりとかないから二人で考えていいよ」
「つれない事いうなよ。ほら、三人寄れば何とかっていうだろ?」
「文殊の知恵な。ま、することも無いし考えようか」
ペンを手に取り、内装を紙に書く。この流れだと恐らく作るところもやらされそうなので、自分で作れる範囲ではしごやトンネルを組み合わせて二階だての小屋を描く。
「描けました!」
「俺もだ!」
二人が見せてくれた絵を見て絶句する。トガちゃんの描いた小屋には何故か天蓋付きのベッドがあり、辺り一面に綿の出たぬいぐるみが散乱している。トゥワイスの絵は本体と分裂した自我が争いあって描いた形跡があり、どの線がトゥワイスの描きたかった線なのかすら分からない。二人はいたって真面目に描いたことが分かるだけに言葉に窮す。俺の反応がないせいで狭い荷台内にガタゴトとタイヤが地面を蹴る音だけが響いていた。
「これは……ちょっと難しそうだな……」
窮した結果、出た言葉は詳しい内容には触れることはなかった。
「圧紘くんの絵も見たいのです」
俺の差し出した絵を見て、二人が感嘆の声を上げる。
「凄いのです!圧紘くん、絵も上手なのです!」
「個性を利用した作り方とかが書いてあるのも凄いな!デザインも凄くいい!ミスターにしか出来ない芸当だ!」
「お、気に入ってくれたならおじさん嬉しいなぁ」
二人があまりに凄い凄いと褒めるものだから少し照れくさくなる。簡単にコンセプトやネズミの生態に合わせた作りにしたことを説明すると二人は更に称賛した。
「圧紘くんの案に決定なのです!」
パチパチと二人は拍手をして余白の部分に大きく決定!という文字と花丸を描いてくれた。花丸なんて何十年ぶりに見ただろうか。幼少期の特有の純粋な誇らしさと喜びを思い出し、胸が温かくなる。この二人といると時折今みたいに忘れていた純粋な感情を呼び起されることがある。本当に不思議だ。ヴィランと称されるにはあまりにも純粋で接していると世間から爪弾きにされる人間とは思えない瞬間がある。まあ、爪弾きにされる理由を痛感することも多々あることはあるのだが。そんなことを考えながら二人に暖かい目線を送る。当然、その目線は仮面に遮られて届くことはなかった。
「どうした?ミスター?」
「いや、なんでもないよ。そろそろ着くんじゃないか?」
「本当なのです!見えてきました!」
鬱蒼とした森の中に建つ不釣り合いな豪邸。手入れされていないため壁は蔦で覆われていた。ただ、幸運なことに扉の部分には蔦は生い茂っていなかった。ピッキングをして異形排斥主義集団のアジトに入るとカビくさい匂いと依然として残る血生臭い匂いが鼻を突く。死体は処理されていたが血の跡はそのままだった。野犬でもいるのか足音のような音も聞こえる。そんな空間を二人はスキップしながら進んでいく。
「まるでここが晴天の下の原っぱみたいに楽しそうに歩いてるねぇ」
「なんだ?ミスター?怖いのか?血だらけだもんな!ま、その跡を付けたのは俺なんだけど」
「怖いわけないでしょ。いや〜な感じがするって言いたいわけよ。とてもそんなルンルン気分でスキップしようとは思わないねぇ」
「どんな場所でも遠足だと思えば楽しくなるぜ!『何もなくて退屈だな!』」
「なるほどねぇ。それでスキップか。トゥワイスと違ってこの歳になると遠足って気分にもなれなくてさ。ま、仕事だと思えば退屈なのも許せるけどねぇ」
「圧紘くん、おじさんみたいな返しなのです」
「確かにおじさんだけどその言われ方は何か傷ついちゃうなぁ」
トガちゃんの言葉のナイフに胸が痛む。この二人のように童心を持っていたほうがエンターテイナーとして正しいのかもしれない。と、思ったが俺まで二人に混じって無邪気に遊ぶようになるといよいよストッパー役がいなくなって収拾がつかなくなるかと思い直した。
「ありました!この水槽なのです!」
トガちゃんが指差した先には確かに水槽があった。
……とても大きな。
横2mはあると思われる水槽を前にトゥワイスとトガちゃんがチュウくんにピッタリだと喜んでいる。大きい。あきらかに大きいぞ、これ。ちょうど棺桶のように人間が普通に横たわれる大きさだ。ネズミ用ではない。その証拠に水槽の内側中央付近には暴れたと思われる血の跡と指紋がべったりと付いている。異形排斥主義のやつらは一体何を入れて楽しんでいたのやら……。想像するだけで虫唾が走る。
「この水槽は綺麗にしてから持ち運ぼうか」
「えー面倒くせぇ!『よろこんでやります!』」
「こんな汚いものをポケットに入れたくないわけよ。ほら、道具はあるからやろうぜ?チュウくんの為なんだろ?」
「血の跡カァイイけど指紋とか埃とかベタベタで汚いのです。チュウくんの為なので仁くんも手伝ってください」
「トガちゃんの頼みならいいよ♡『他のオスの為になんて手を貸すもんか!』」
そう言いながらトゥワイスは俺を複製し、自らも汚れ落としを始めていた。
「そこで出すのがなんで俺なの?」
「なんでってそりゃ言い出しっぺがやるべきだろ?それに何だかんだ言いながらもやることはやってくれるしな!あと、扱いやすいからだ!」
「本人にそれ言うか〜?ま、否定は出来ねぇか。他の奴らはあんまりやってくれそうにねェもんなぁ」
「だろ?」
複製も合わせた計5人での掃除作業は思ったよりも短時間で終わり、俺は水槽を圧縮してポケットに入れた。
アジトに戻り、圧縮玉から水槽を取り出す。
「デッカ……」
異形排斥集団の豪邸にあった時と違い、ウチのお世辞にも広くて綺麗とは言えないアジトに置くと一層大きく見える。大は小を兼ねるというけれどこれは兼ねているのか……?
トガちゃんとトゥワイスはそんなことはお構いなしにチュウくんを水槽を見せつけている。
「ここがチュウくんのお家なのです!」
「まだ何にもねェけど、ミスターが色々作ってくれるぜ!」
「いやいや、お前も手伝うんだよ」
「つってもなぁ、ミスターを複製することぐらいしか出来ねぇぜ?」
「材料集めとか色々あるだろ?組み立てに使う木材とか底に敷き詰めるおが屑とかさ」
「なるほど!行ってくるぜ!『メンドクセーー!』」
いうが早いかトゥワイスは俺の複製2体を作って木材探しに出かけていった。
「私もチュウくんのためにカァイイものを探してくるのです!」
そういって、トガちゃんもどこかへと去っていった。
そして、残される俺と俺の複製2人……
妙な沈黙が場を支配する。互いに顔を見合わせ、無言で頷き、今できる作業に取り掛かった。
「チュウくんハウス、かんせ~い!!」
「いや、お前らはほとんど手伝ってないだろ……」
あの後、ほとんど俺一人+俺の複製で完成させた小屋を前に二人が歓声をあげる。
「めちゃくちゃ手伝ったぜ!『サボりまくりだ!』」
「私はちゃんと可愛いものを集めていたのです。ほら、見てください。このクマさんのぬいぐるみカァイイです」
そういってトガちゃんは両手に抱えていた、お腹がほつれてボロボロのぬいぐるみを出来上がった小屋の中に入れる。
「それじゃあ、チュウくんを中に入れてあげましょう!」
「ハイハイ。そらよっと」
圧縮玉の中からチュウくんを取り出す。チュウくんは小屋の中を一巡するとぬいぐるみのお腹の穴に入って顔だけ出した。
「チュウくん、カァイイものの中に入って嬉しいねぇ。カァイイねぇ」
トガちゃんは恍惚とした笑みを浮かべて、チュウくんに話かける。チュウくんはチュウと一鳴きした。
それを真似してトガちゃんがチュウと鳴けば、チュウくんもお返しとばかりに鳴き声を返す。それが次第に長くなって、歌うようになっていった。
「チュウくんは歌が上手いなぁ」
その様子を見ていたトゥワイスが感心するように呟いた。
それからというもの、トガちゃんは暇さえあればチュウくんの元にいき、今日の出来事を話していた。
「今日はね、秀一くんみたいな人たちのことを異形だっていじめる悪いオジサン達をやっつけたのです」
トガちゃんが小屋の中に手を入れるとチュウくんはトコトコと手のひらの上によじ登る。調教したわけでもないのに自然にトガちゃんの元にいくチュウくんの様子に思わず感心する。ネズミをそこまで手懐けるなんて中々出来る芸当ではない。チュウくんはそのまま腕を通って顔の近くまでいき、トガちゃんに頬を寄せた。
「えへへ、くすぐったいのです」
目を細めて笑う姿は年相応の女の子の笑顔だった。トガちゃんの足取りは踊るように軽やかで、ひび割れたコンクリートの地面を蹴るジャリジャリとした音すらも心地よく聞こえた。
トガちゃんはチュウくんを肩に乗せたまま散歩にいくのが日課になっていた。不思議なもので、チュウくんが勝手にトガちゃんの肩から降りることはなかった。チュウくんがトガちゃんの肩にいるのが当然とまで思うぐらいに、一人と一匹は一緒だった。
俺のポケットにいたころのチュウくんは暗闇が世界の大半だった。それを一人の少女が外の明るい世界に引っ張りだしたのだ。チュウくんからしたら彼女は救世主のようなものだろう。
だとすると、俺のポケットは地獄か、と思いなおし苦笑する。
「気を付けていってくるんだよ」
そう声をかけるとトガちゃんは笑いながら「はい!」と返事をした。彼女が開けたドアからは明るい陽の光が差し込んでいた。
その日の夜は風が強く、やけに木々が鳴らす音が耳障りな夜だった。俺は中々寝付けずに固いコンクリートの上で寝返りを打っては、寝やすい姿勢を探していた。だが、中々寝付けない。風や木々の音に混じってガサゴソという音が聞こえる。チュウくんも眠れずにいるのだろうか。下手に眠ろうとするよりは何かをして時間を潰した方が眠気はやってくるかもしれないと思い、チュウくんの小屋のある部屋に入る。
建付けの悪いドアを閉めながら、小屋の方を見るとチュウくんは二階建ての小屋の上の部分で静かに餌を食べていた。意外にもチュウくんが静かに過ごしていたことに違和感を覚える。先ほどの妙な物音を思い出し、背筋に嫌な予感が走った。
――轟音。
天井が崩れ去り、視界は瓦礫に覆われた。チュウくんがいた場所に目を向けるとそこは真っ赤に染まっていた。その赤が頭にこびり付いて離れない。グラグラと煮えたぎる脳内でトガちゃんの笑顔がよぎった。やるべきことを思い出した俺は、仮面を着けて拳を固く握った。
「こんばんは。敵連合の皆さん」
崩れた天井の影から現れた数十人の人影に挨拶を返すこともせず、右手を突き出し、天井を壊した男の頭を狙う。男が巻き上げる爆風が仮面を揺らし、袖を焦がす。それでも、右手を伸ばし続けた。
伸ばした手が男の髪に触れたのを感じて、即座に圧縮する。残された胴体が血しぶきをあげながら、瓦礫の上を転がり落ちていく。美しくないことをしたな、と反省する。敵の攻撃を避けつつ、転がり落ちていった死体を他の仲間に見られないように処理しようと追いかける。あと少しで圧縮出来そうなところでドアが開いた。
「えらくご機嫌斜めじゃねぇか、ミスター?」
入ってきた荼毘が目の前の死体と俺を交互に見て薄く笑った。俺は肩を竦めながら荼毘との間に横たわる死体を圧縮した。
「あ、見られちゃった?ちょっと手が滑っちゃってね」
「いつも煩いくらい器用さを自慢するお前が、か……?」
荼毘は現状を把握するように部屋を見渡した。そして、小屋のあった方向に目を向けると小さく笑った。
「仲間想いなことで」
そういいながら、荼毘は炎を出して敵を燃やしていく。いつも通りの勢い任せの攻撃に見えたが、その炎は小屋が燃えることのないように調整されていた。
「どうしたんだよ!これ!」
「襲撃……か……?」
荼毘に続いてトゥワイスとトガちゃん、死柄木とスピナーも部屋に到着した。死柄木とスピナーの行動は早く、即座に敵の殲滅へと身体を動かしていた。トゥワイスは小屋に血だまりが出来ているのを見て、慌てて瓦礫を退けてチュウくんを取り出す。チュウくんが助からないことは誰の目にも明らかだった。トゥワイスはまだ崩れていない小屋の隅にチュウくんをそっと置いた。トガちゃんとトゥワイスはチュウくんの死に、そっと目を伏せる。次に目を上げたとき、その目には静かな怒りが宿っていた。
「チュウくんの仇、討ってやるぜ!『主に荼毘と死柄木がな!』」
トゥワイスは荼毘と死柄木を複製しながら、自身もメジャーを手に敵に突っ込んでいく。トガちゃんは静かに敵の間を縫うように走りながら刺し回っていた。
「敵連合ってのは出来損ないの異形共だけじゃなく、ドブネズミまで可愛がる趣味があるとは驚きだ!」
相対する敵の一人がそう声を上げる。その言葉で相手が異形排斥主義集団の残党だと悟った。そいつは器用にも俺達の攻撃を避けてチュウくんの元に向かい、その尻尾を掴んで持ち上げた。そして、そのまま床に叩きつけようと腕を持ち上げる。
「ドブネズミの最後にはお似合…い……だ……?」
敵の背後に立った死柄木がそいつの頭に五指で触れている。頭から崩壊した敵はやがて力なく腕を垂らし、手からチュウくんの死体が転げ落ちる。床に落ちる直前、近くに居たスピナーがキャッチした。
「大事な仲間なんだろ。俺が守っておく」
スピナーはそのままチュウくんを抱きかかえると壁を這ってドアまで向かっていった。俺達はスピナーの方へ敵がいかないようにしながら戦い続けた。
「これで全員片付いたな」
圧倒的に不利な状態にまで追い込まれて森の方へ逃げていった敵を燃やしにいった荼毘が戻ってきた。その頃には、大量の敵の死体と崩れた天井の瓦礫で埋め尽くされた薄暗い部屋に朝日が差し込んでいた。
「ここはもう……使い物にならねぇや」
「別のアジトを探さないとな……」
息を切らしながらそうやって話しているとスピナーが部屋に戻ってきた。
「その前にすることがあるんじゃないか?」
そういってスピナーは部屋の隅で膝を抱えていたトガちゃんにチュウくんを渡した。
「チュウくん……」
トガちゃんはスピナーから受け取ったチュウくんを小屋の上の台に置いた。そして、ナイフを取り出し、そのお腹を綺麗に開いた。お腹からあふれ出した血をトガちゃんはシリンジで吸い取っていく。お腹から流れ出る血に陽光が反射してキラキラと輝いた。トガちゃんの手つきはその輝きすらもシリンジに収めるように丁寧で、溢れだす一滴一滴を慈しんでいるようだった。俺達はその様子をただ黙って見守っていた。
やがて、溢れだしたチュウくんの血液を一滴残らずシリンジに収めたトガちゃんは、それを一気に飲み干した。トガちゃんの身体はどんどんと小さくなり、服の下に埋もれた。そして、次に顔を出したトガちゃんはチュウくんになっていた。チュウくんはトコトコと小屋に向かい、わずかに残った餌を食べ、崩れた小屋の中を走り回った。生きている時のチュウくんの姿そのままだった。
ひとしきり遊び終わるとぬいぐるみのお腹の中にくるまってチュウチュウと鳴いた。
「チュウくんは歌が上手いなぁ」
トゥワイスがぽつりとそう呟いた。それを聞いたチュウくんは嬉しそうに歌い続けた。
チュウチュウ、チュウチュウ。
瓦礫にまみれた薄暗い部屋の中でチュウくんだけが光に照らされていた。
やがて、歌い疲れたチュウくんはぬいぐるみの中で静かに寝息を立てはじめた。隣を見るとトゥワイスも眠そうに欠伸をして横になっていた。皆、思い思いの場所で休息を取りたいだろうに、この部屋にいる誰もが部屋を出ようとしなかった。ただ、黙って同じ時間と空間を共に過ごしていた。
きっとこれがトガちゃんなりの弔いなのだと、皆が感じているのだろう。この方法はきっと世間一般の弔いとはかけ離れた、異質で受け入れられがたいものだ。けれども、このチュウくんと一緒になれるやり方が彼女にとって最も相応しい弔いの形なのだとすんなりと理解できた。
一つ欠伸をして壁にもたれ掛かり、目を閉じる。
俺もこの弔いに最後まで参加しようと思った。
瓦礫片が落ちる音で目を覚ますと小屋の中で膝を抱えて眠っているトガちゃんの姿が目に映る。どうやら変身が解けたようだ。天井に空いた穴から差し込む光がもう夕方になっていることを告げていた。冷たい風が入ってきて、このままだと風邪を引いてしまうだろうと毛布を探しに部屋を出る。後ろから同じことを考えたであろうトゥワイスがついてきた。
こっちこっちとトゥワイスに手招きされて、トガちゃんの布団まで案内される。そのまま二人で手分けして布団を運んで部屋に戻った。寝ているトガちゃんは小さな裸の身体を更に丸めて寒さに抗っていた。そんなトガちゃんの身体を毛布でくるみ、起こさないように慎重に布団に寝かせる。暖かい毛布に包まれたトガちゃんの目元は涙で濡れていた。
「よく寝たのです!」
トガちゃんが布団の上で伸びをする。当然、トガちゃんは裸だ。はだけた毛布から覗く素肌を月明りが照らし、慌てて目を逸らして服を押し付ける。
「トガちゃん、おじさんドギマギしちゃうから早くこれ着て!」
「圧紘くん、そんなに慌てなくても着るのです」
そう言ってトガちゃんはテキパキと服を身に着ける。
「お待たせしました」
トガちゃんは照れくさそうにそう言って笑った。お待たせしました、の言葉には色んな意味が含まれているような気がした。
「いいんだよ」
だから、俺も色んな意味を込めて言葉を返した。トガちゃんはその言葉に頷くと、穴の空いた天井を見上げた。
「もう、ここにはいられませんね」
「別のアジトを探すか」
「また、野宿かよ」
「ピクニックみたいでワクワクするぜ!『最悪だ!』」
連合の皆が口々に言葉を返す。いつもの敵連合に戻っていた。新たなアジトを探すため、崩れた部屋から出ていく。後ろを振り返るとトガちゃんは固くなったチュウくんの死体をジッと見つめていた。どう声を掛けたものかと思案していると横から声がした。
「おい、イカレ女。そいつの死体、燃やしてやろうか?」
「燃やす……?」
突然の荼毘からの提案にトガちゃんは目を白黒させていた。
「知らねぇのか?荼毘に付すって言葉」
「そのくらい知ってます!馬鹿にしないでください!」
「本当か?」
「本当は荼毘くんの名前から知りました……」
その言葉に荼毘は愉快そうに口角を釣りあげ、置いてあったチュウくんの死体をヒョイと取り上げる。そのまま踵を返して外へ向かった。
「あ、待ってください」
「待たねぇよ。オソウシキ、すんだろ?」
トガちゃんはパタパタと荼毘を追いかけて部屋を去る。荼毘の意外な一面に驚き、その場に一人残された俺も慌てて後を追った。
森の中にポツンと立つアジトの前の草原で、チュウくんの死体を燃やそうということになった。俺は帽子と仮面を取って地面に置いた。皆が見守る中、荼毘は手のひらにチュウくんの死体をのせて優しく握り炎を放つ。炎の色はいつもと違い、優しいオレンジ色をしていた。次に荼毘が手のひらを開くとそこには遺灰になったチュウくんの姿があった。普通のペットと同じような最期を迎えられたことに少しだけ心が救われた。
死柄木がアジトに手を触れて壁を壊す。その様子を見ていたスピナーはその意図を悟り、何かを取りに行った。死柄木は壁の中から偶然長方形になった石を俺に投げて渡した。
「『圧縮』使って字書けるだろ?」
墓石ということだろうか。唐突な死柄木からの無茶ぶりに動揺する。圧縮を使ってこの石に墓石みたいに名前を刻めと…….?
「いや、それはちょっと難しいかも……?」
試してみるが上手くいかない。流石にその小ささでの圧縮は試みたことがなかった。
「おじさんの技術じゃ無理そう」
「じゃあ、俺がペンを作って書いてやるよ!『字はミスターに書いてもらった方が綺麗だ!』」
「字を書くくらいならお安い御用だよ」
「何でもいいから早くしてくれ。こっちは灰を握りっぱなしなんだからよ」
「それじゃあ、その灰は私に渡してください。持っときます」
わちゃわちゃとお墓づくりに勤しんでいると、どこかに行っていたスピナーが戻ってきた。
「崖の上に綺麗な花があったから摘んできたぞ」
「流石、秀一くん!気が利くのです!」
マジックで書かれた墓石に、摘んできた花。少し歪ではあったがお墓が完成した。
「それでその灰どうするんだ?埋めるのか?『バラまいちまおうぜ!』」
トゥワイスの言葉にポケットの中にいた頃のチュウくんを思い出す。
「埋めちゃうとまた暗いところで一人っきりになっちゃうし、おじさんはバラまくほうに一票かな」
「私もチュウくんにはお外で走り回って欲しいのです!」
「なら、決まりだな。トガ、バラまけ」
死柄木の言葉を合図にトガちゃんが手に持った灰を宙に放り投げた。宙を舞った灰はハラハラと舞って、その一部が目に入った。
「痛っ!」
「目に入ったのです!」
「空高くバラまくやつがいるか!もっと、こう、あるだろ!」
「弔くんがバラまけって言うから~」
灰が目に沁みて涙目になりながら口々に言い合う。その姿はさながら葬式の後のようだった。その隣でマスクのお陰で被害を受けていないトゥワイスだけが本当に泣いていた。
「うう……チュウくん……。元気でな……。皆も泣いてくれてるぜ……」
「いや、泣いてないけど……。……ま、そういうことにしておくか!」
泣いているトゥワイスを慰めながら、お墓を後にする。
寒空の下、吹いた風が辺りに残った灰を攫っていく。その様子がやけに心地よかった。
