サイコパスっぽい迫圧紘が書きたかった
圧縮すると、その物の持つ本当の価値が分かる。見た目やその物の大きさに惑わされず、本質を見ることが出来るからだ。
初めて人間を圧縮した時に感じたのは、その命の軽さだった。それまで俺と同じくらいの質量持っていた人間が、文字通り手の上で弄べるぐらいに小さくなる。どんなに偉そうな人間でも、どんなに良い人間でも、圧縮すれば等しく、だ。そして、それを俺が必要ないと思って捨てれば死んで、必要だと思って解除すれば死なない。積み上げてきた過去など関係ない。大切なのは「俺にとって」どうだったか、だ。
手のひらの上にある命を生かすのも殺すのも俺次第だった。
俺は別に人を殺すことが好きなわけではない。首を絞める時の手の感触や、人の肉をナイフで切り裂く感触、返り血の温かさ、苦痛に歪む顔。そのどれもが想像するだけで気分が悪くなるものだった。圧縮して放置することとそれらは相手に死や苦痛を与えるという点では変わらないはずなのに、その気分の悪さは俺とは全く無縁のものに思えた。
人を殺したという実感すら得ずに死を与えることが出来るという事実を、俺は快く思うと同時に間違っているとも感じていた。手で触れることさえできれば、その命すらも握れるということ。自分は心すら痛めることなく、人を殺められるということ。
それらが俺にとって紛れもない事実だと知る頃には、俺は怪物になっていた。
他人の命の軽さを知ると、自分自身の命も同じように軽いのではないかという思考に囚われるようになった。それに反発するように、自分自身を大きく派手に見せる出で立ちを好むようになった。少しでも誰かの記憶に残るように、有象無象の人間とは違う価値のある人間だと認識されるように。怪物たる俺に人間然とした格好は似合わない。大きなシルクハットに裾の広いコート、極めつけに表情を隠す仮面。異質さを前面に押し出した恰好でこの世を駆け回り、そして名を刻むことにした。張間歐児のように、ヒーローとしてではなく、ヴィランとして。
俺は元々ヒーロー社会というものが嫌いだった。他者を害さないと己の欲や飢えを満たすことができなくなるまでに困窮した人間を見て見ぬふりをして、いざ罪を犯せば、それは見逃さないとばかりに制裁を加える。そして、それが正義だともてはやされる。狂った世界だ。あたかも、困窮した人間は誰も害することなく、黙って死んでいけと言っているようなものではないか。
ヒーローに支払われる報酬を困窮している人に回せば、大多数の犯罪は起こらず、ヒーローなど不要になるというのに。
だから、俺はその困窮している人に手を差し伸べる人間になろうと思った。盗んだ金品を適切にバラまき、人々を困窮から救うヴィランに。
そして只の怪物だった俺は『怪盗』Mr.コンプレスになった。
その日も俺は美術館から色んなものを盗み、圧縮してポケットに入れた。警報ブザーが鳴り、何人もの警備員が駆けつける。廊下を走り抜け、壁を圧縮して穴を開けようとしたとき、横から警備員が飛び出してきた。すかさず、その警備員ごと壁を圧縮してポケットに入れる。壁の穴から飛び降りた俺は建物の間を縫うように走り、路地裏で自分を圧縮する。圧縮玉の中で用意していた服に着替えて、繁華街の人込みに身を隠した。繁華街をぶらつきながら、今日手にした戦利品をブローカーに渡すために金銭的な価値があるものとガラクタとに仕分ける。一つ一つ美術品を見定めていき、それぞれに適したポケットに入れて分けていく。
「これはガラクタだな」
価値のあるものが入っていない圧縮玉をポイと捨てる。圧縮玉はコロコロと転がって、自販機の下で止まった。
「さて、次の品物は……」
――― 一週間後
「今回も豊作だな。Mr.コンプレス」
机の上に得た金品を載せると義爛は感心したように言葉を吐いた。そのまま、義爛は一つ一つ手に取って品定めをしながら、電卓に金額を打ち込んでいた。カタカタと電卓を叩く音だけが静寂を支配する。
「割合はいつも通りでいいのか?」
義爛は電卓から目を離し、ちらりと俺の方を見るとそう尋ねた。もちろん、と頷くと義爛は電卓に打ち込んでいた手を止め、表示されている数字を俺に見せてきた。どうやら、表示されている数字が俺の分け前らしい。
「自分が捕まるかもしれない危険を冒して、要求する分け前がこれだけとは見上げた根性だ」
義爛がもたれ掛かった椅子がギィッと音を立てる。先ほどまで金品を品定めしていた義爛の目が俺を射貫いた。
「まあ、これだけあれば生活には困らないしね。多くは持たない主義なの、俺は」
「金はいくらあっても困らないだろう。困窮している地域にバラまくなんて何の得にもならないことをする必要性はない」
「ま、得はないけど」
「何の得もないのに危険を冒す人間なんざいねぇさ。お前には金を得る以上の得が、他人に金をバラまくことであるってことだ」
「困っている人を助けると気分がいいだろう?それだけだよ」
「そりゃ、ご立派なことで。金を配るときに自分の名前を必ずつけろって条件を出す人間の思想としては上出来だな」
義爛は引き出しから金を取り出すと、俺の目の前に差し出した。俺は札束を受け取り、部屋を出ようと後ろを向いて歩き出す。
「ヴィランって連中は、自分の欲を正当化するのが上手い連中だ。ただ、正当化が上手なあまり、欲に溺れると怪物になっちまうぜ」
「ご忠告どうも」
後ろ手を振って、扉を閉める。先ほどの義爛の忠告を思い出して、ため息をついた。
「もう、怪物になってんだよな」
繁華街を歩き、行きつけのバーに顔を出す。
「いらっしゃい。いつものでいいかい?」
「ああ、お願いするよ」
酒のボトルが所せましと並ぶ空間のカウンターの正面には、少し小さな椅子と机があり、机の上には鉛筆と消しゴムの入った缶が置いてあった。普段はここで子供が勉強しているのだと容易に想像できる、ちぐはぐな生活感を醸し出すこのバーがお気に入りだった。
「今日はお子さんはいないんだ」
「あの子は今日は友だちの家で勉強会だよ。この前、Mr.コンプレスさんが困っている人々に、ってお金を配ってくれたんだ。そのお陰でバイトの子を雇うことが出来てね。あの子には羽を伸ばして貰ってるってわけさ」
「なるほど」
義爛もきちんと俺の要望通りに金を配っているらしい。
カウンターの奥に目をやるとテレビが見えた。前に見たときは割れた画面をテープで固定していたオンボロのブラウン管テレビが、最近の薄型テレビに変わっている。俺の視線に気が付き、映っているニュースを見たバーのママが顔を顰めた。
「このニュース知ってる?最近、急に腐乱死体が見つかるのよ。この近くでも前に見つかってね。何でも警察によると腐らせる『個性』らしいわよ」
「へぇ、変わった事件もあるもんだ」
「『無個性』のあんたには抗う術がないんだから、気をつけなさいよ」
「はいはい、心配してくれてありがとうね」
俺の正体を知らないママは心底心配だといって、知っている護身術をあれこれと教えてくれた。その様子を雇われたばかりのバイトの娘が困ったように眺めている。この光景は俺が金を配らなければなかった光景なのだろうな、と思うと酒が進んだ。
「にしても、Mr.コンプレスさんってどんな人なんだろうね」
ほろ酔い気分のところに、俺の話題を振られる。もちろん、ママは目の前の人物がその本人だとは知らない。そのことが俺の気分を更に良くさせた。
「ママさんはどういう人物だと思うの?」
「そりゃ、気前が良くて、イケメンで、物腰が柔らかくて、欲のないナイスガイだよ」
「美化しすぎじゃない?」
「美化しすぎなことがあるものかい!ニュースで逃亡する姿をみたけれど、あれは絶世の好青年だね。仮面で顔は見えなかったけれど、そうに違いないよ。それに私たちみたいな貧乏人にも目を向けてくれたんだ。そんなやつが他にいたかい?」
「いないね」
「だろ?私は一生この恩と名前は忘れないね」
その言葉に俺は内心にやりと笑った。そうだ、それでいい。俺に救われた人間は俺のことを『他の人間とは違う価値のある人間』だと認識してくれる。それこそが、怪物たる俺が怪盗になった真の目的なのだから。
酔いが回り、口が滑らないうちにバーを後にする。歩きながら先ほどのママの言葉を反芻した。きっと同じように思っている人間が何千、何百人といるはずだ。俺の存在価値はその存在によって強固になる。たとえ、死んでも名を残す。何なら、俺の跡を継いで同じように怪盗になる人が現われるかもしれない。そう思うと、自分の存在が他の命と同じように軽いものではないような気がした。
その辺の石ころを圧縮し、その重さを確かめる。きっと、自分の重さはこの圧縮玉とは違うはずだ。大小様々な石の圧縮を繰り返して重さの変化を確かめる。手に掛かる重さは変わっても、俺の中での存在の軽さは変わらなかった。
「あれ、キャパオーバーか」
突如として圧縮が出来なくなる。どうやら、石を圧縮しすぎたらしい。確認のため、石の数を数えてみるが自身の上限の数よりも五十ほど少なかった。他にも家に圧縮して保管しているものがあるが少量だ。何度数えても数が合わない。
「こりゃ、解除忘れが相当あるな」
パチンと一斉に圧縮を解く。手の平から大量の石が零れ落ちた。その石を再び圧縮していき、自身の上限が衰えていないことを確かめる。上限数は衰えるどころか増えていた。そのことに安堵した俺は、家に帰るとそのままソファで眠った。
差し込む朝日に促され、俺は目を開いた。今は何時だろうか。確認するためにテレビの電源をつける。
ニュースの画面上に表示されている時間を見れば、時刻は朝の10時になっていた。何やら重大な事件があったようで、各地の事件の様子をレポーターが中継で話していた。
「腐乱死体が色んな場所で五十体も、ねぇ」
昨日ママが言っていた『腐乱』の個性を持つ犯人の仕業だろうか。中継で映る場所はどこも見たことのある景色だったけれど、深く思い入れのある人物がいるわけでもない。
俺には関係のないことだ。