頼むから幸せになってくれ(迫仁)

仄暗い迫仁
トゥワイスの分身が消えたら、それが作った分身も消えるという個性解釈です。


物置部屋の奥の更にそのまた奥。
誰の目にもつかないような部屋にそれは閉じ込められていた。
ドアをノックして立て付けの悪いドアを開けば、ドアの向こうにいたそれは青鈍色の目をこちらに向けた。
「トゥワイス、ご飯を持ってきたぞ」
「悪いな、ミスター。こんなところまで持ってきてもらってよ」
「まあ、これが俺の仕事だからね」
便宜上、トゥワイスと呼んでいるそれに圧縮していた袋に詰められたパンや飲み物を渡す。トゥワイスはそれを受け取ると一人で静かに食べ始めた。食べるという行為に生きることを諦めていないことを知り、安堵する。
俺も袋からパンを一つ取り出し、トゥワイスの横に座って食べ始める。トゥワイスはそんな俺を見て、嬉しそうに笑った。
「ミスターは優しいよな、上で皆とご飯を食べればいいのにさ」
「娯楽も何もない空間に閉じ込められてるんだ、お前にはこんな時間ぐらいは必要だろ?気が狂っちまうぜ?」
「俺は一人でも大丈夫だ。大丈夫じゃない」
「俺だったら無理だけどねぇ」
「仲間のためだからな、ちょっとぐらいなら平気さ」
仲間のためと語る目は、確かに希望を湛えていた。その目に映るコンクリートに囲まれた3畳ほどの何もない空間を見渡す。豆電球に照らされた窓すらないこの場所は独房を思わせた。
人が暮らすに値しない場所で生活を余儀なくさせられているのは、トゥワイスの作り出した分身が人であって人でない存在であることと、骨折などの怪我を負ってしまえば分身が作り出したリ・デストロや氏子ドクターの分身が消えてしまい、計画が全て水の泡となってしまうことが関係している。
結局のところ、目の前のトゥワイスは計画を遂行するための道具でしかない。役割を終えれば、待っているのは死だ。このトゥワイスもそれが分からぬほどの馬鹿ではない。それなのに、生きていることそのものが、仲間のためになっているのだと希望を湛えた目をしているのが居たたまれなかった。こいつは用が済んだら、同じように希望を湛えた目をしたまま死ねるとでもいうのだろうか。
——きっと死ねるのだろう。
まわりもそれが分かっているから、こんな扱いなのだ。それが腹立たしかった。
いっそのこと、このトゥワイスには仲間なんてどうでもいいと言って、自分の幸せのために生きて欲しかった。こんな腐乱臭の漂う希望を抱えて生きるなどやめてほしい。

「トゥワイス、ここを抜け出そうぜ。どうせ誰もお前がいるかなんて確認しやしないんだからよ。お前はここにいるって俺が上には言っとくから」
俺からの提案にトゥワイスは首を横に振った。
「万が一、怪我でもしたら皆に迷惑かかっちゃうしな……」
「本体の方も怪我せずに今までやってきたんだろ?大丈夫だって。どんな生活でも今よりはずっとマシさ」
「俺は今のままで満足だ」
「おいおい、今のままで満足とはとんだ無欲だな。この生活に慣れて感覚麻痺ってんだよ、お前のために言ってるんだぜ?」
「ありがとうな。でもな、俺は俺のことなんてとっくにどうでもいいんだ。皆さえよければそれで十分だ」
穏やかな顔して自分のことなどどうでもいいと、そう言ってのけるトゥワイスにふつふつと怒りがこみ上げる。周りの人間からも自分自身からも道具としか見なされていないこのトゥワイスの幸せを願う自分が、急に馬鹿らしく思えた。それならば、仲間の役に立つなどという美しい理想に身を投じて、幸福に死ねばいい。
食べかけのパンをトゥワイスに投げつけて、部屋を出ようと踵を返す。「ミスター?」と不安げに呼ぶトゥワイスの声に振り返り、顔を一瞥する。その顔は捨てられた子犬のように不安げで、そのまま無視すれば希望を失うような縋りつくような目をしていた。
——幽閉されて以来、初めて見せる希望を湛えていない目だった。

その目を見て、俺は大きな思い違いをしていたことに気がついた。トゥワイスがこんな生活でも希望を捨てずにやっていけた理由は、他でもない俺自身だった。幽閉されているトゥワイスのためにと足を運び、労り、話をする俺の存在が、トゥワイスの仲間のためという気持ちを維持させてしまったのだ。
そのことに気が付き、思わず舌打ちをする。
ここでこのまま部屋を出ても、来るかもわからない俺をトゥワイスは待ち続けるのだろう。
ならば、トゥワイスが俺の顔を見たくもないと思うほどに嫌いさせてしまえばいい。そして、こんな生活は馬鹿らしいと、この場所を捨てて去ればいい。
トゥワイスは罵倒をしても、暴力を振るっても自分に非があると考えて俺を嫌いにはならないだろう。だから、俺は俺の考えうる最悪を実行することにした。
「トゥワイス。身体貸してもらうぜ」
色気もクソもない誘い文句と共にラバースーツのチャックに手を掛ける。トゥワイスは驚いた目をしていたが抵抗することなくされるがままだった。あっという間にトランクスのみになったトゥワイスは依然として抵抗することなく、落ち着きすらはらった目で俺を見つめていた。自分が犯されるかもしれない状態であることは分かっているであろうに、それを感じさせない姿に俺のほうが気圧されてしまっていた。
「いいのかよ……」
「お前のほうがいいのかよ?おっさんだぜ?お前ならもうちょっと顔のいい女とヤれるだろ?」
トゥワイスはポリポリと頬をかきながら、目を逸らし気まずそうに答えた。「でも、まあ、その、溜まるのも分かるしな……」とどうでもいいことを呟く。聞きたい答えを返さないトゥワイスに俺は苛立ちを募らせた。トゥワイスの肩を掴み、壁に叩きつける。
「俺は!お前がいいのかって聞いてんだよ!」
「それはまあ、お前のためなら……」
「またそれか。俺のため、仲間のため。お前はどうしたら、お前自身のために選択出来るようになるんだよ!」
俺の問いにトゥワイスは困ったように笑った。
「お前や皆のためになることが一番俺自身のためになることなんだ。……ごめんな」
分かりきっていた答えだった。それなのに、トゥワイスの口からその答えを聞くとやるせなくなった。
「じゃあ、お前の幸せは何なんだよ。俺はお前のために何が出来るんだよ」
「お前の、皆の幸せが俺の幸せさ。だからさ、ミスター。頼むから幸せになってくれ」
慈愛のこもった、祈りにも似たトゥワイスの言葉に、今の自分に出来ることは何もないのだと悟った。
「それはこっちのセリフだよ」
逃げるように言葉を吐き捨て、突き放すようにしてトゥワイスの肩から手を離す。俺はそのまま部屋を出ていった。 薄暗い物置部屋を通り、明るい廊下に出ると解放戦線のメンバー達の声があちこちから聞こえてきた。
ふと、あの部屋の静寂を思い出し、大きな断絶があることを思い知った。