Mr.コンプレス視点 トゥワイスとMr.コンプレスメインのお話 ※27巻ネタバレあります
「あれ、点かねぇな」
焚き火で暖を取ろうと、ライターで炭に火をつけようとするが、ライターが点火しない。いくらかじかんでいるとはいえ、つけられないわけがないとオイルを確認すると中身は空だった。
普段であれば荼毘に言って火をつけてもらうのだが、あいにく今日は出払っている。
他にライターを持っていそうな奴といえばトゥワイスだ。
廃墟と化した建物でみんなで雑魚寝しているプライバシーも何もない空間だ。その中でも、適当に私物を放り込んでいるトゥワイスの物ならば、とったって文句はないだろう。
そんなわけで俺はトゥワイスのライターがあると思われるプラスチックケースに手を伸ばした。雑然と本や服が入れられたケースの底に古びた四角いブリキ缶が2つあることに気がつく。ちょうどお煎餅とかが入っている20cmほどのブリキ缶とそれよりも少し小さい手のひらサイズのものだ。そのブリキ缶だけがやけに丁寧に入れられているのが気になり、大きい方の缶の蓋を開ける。
中に入っていたのは泥だった。
トゥワイスはニ倍という個性で、個性で作ったものは一定のダメージを受けると泥となり崩れさってしまう。残った泥は時間経過と共に風化してどこかに消えていく……はずだ。
なぜ残っているのかは分からないが、恐らく目の前にある泥はただの泥ではなく、トゥワイスが個性で増やしたものの成れの果てであろうことはその扱いから容易に推測できた。彼なりの弔いのつもりだろうか。日頃から仲間思いな一面があるとは思っていたが分身に対しても慈しむ心を持っていたとは。そう驚くが日頃の雑な分身への扱いを思い出し、それはないかと否定する。となれば、この泥は何か特別なものの泥なのかもしれない。
そうなってくると、やはり気になるのはもう一つの缶の中身だった。
見ることを咎める気持ちと好奇心とに苛まれて、最終的に好奇心が勝った。缶自体は隠されていたわけでもないし、見るなと言われたわけでもない。見るだけ。見るだけだ。
そう自分に言い聞かせて、缶の蓋にそっと手をかける。
蓋を開いて現れたのは泥で作られたトゥワイス自身の、分倍河原仁の人形だった。手のひらサイズの精巧な造りの泥人形は水分を完全に失っており、触れるどころか振動ですらも簡単に崩壊するのでないかと思われるほど脆く、繊細なものに感じられた。その有り様は分倍河原仁という人間の精神を反映しているようだった。
そして、その人形の目は冷淡でありながら、憐れんでいるような、悲しんでいるような、そんな目をしていた。
分倍河原仁という人間の根底にある、仄暗い記憶に触れてしまったような、禁忌を犯してしまったような気持ちになり、下手な詮索をした事を後悔する。ただ、後悔したところで見た記憶は消せないものだ。せめて、痕跡の残らないようにと人形を壊さぬように気をつけながら蓋を締め、元にあった場所に戻す。
その時、ガタガタと建付けの悪いドアが開く音がした。
音の方向に目を向けるとトゥワイスが立っていた。なんと間の悪いことだろうか。
「悪い。ライター借りようと思って」
そう言い訳を並べるが立ち位置からして、プラスチックケースを漁っていたことは察しているだろう。にもかかわらず、トゥワイスはそれについては言及せずにライターをポイと渡してきた。
「寒いもんな、外。暑くて倒れそうだぜ!」
トゥワイスはぎこちない動きでそのまま焚き火の用意の前に行き、ライターを複製して火をつけた。
「トゥワイスがつけるんだったら借りた意味なかったな」
後をつけた俺はそういってライターを返すと、トゥワイスは何か言いかけてやめた。
「動揺してたんだろ?それで俺にライターを渡したのに、間をもたせようと自分で火をつけた。違うか?」
「正解!いや、大外れだな!!」
「……悪い。お前が気にしてる通り、ブリキ缶の中身を見ちまった」
「そうか」
トゥワイスはマスクをずらして、煙草を咥えて火をつける。トゥワイスは考え事をするときに煙草を吸う癖がある。きっと話そうか話すまいか迷っているのだろう。そう思い、俺はトゥワイスと一緒に黙って焚き火で暖を取る。二人の間を流れる静寂の中ではパチパチと炎がもえる音がやけにうるさく感じられた。
身体がじんわりと暖かくなった頃、トゥワイスが口を開いた。
「あれは俺だったものなんだ。俺が俺を殺し合って、残ったのがあの泥だった」
その声は俺に言っているというよりも、自分に言い聞かせているような、そんな印象を受けた。
「元々はあのブリキ缶いっぱいに詰めたんだ。でも、今じゃ半分も残ってない。俺が忘れると残った泥も消えるんだ。あいつらは俺の仲間だったはずなのに。俺が覚えててやらねェと誰も覚えていてくれる人がいねェはずなのに」
トゥワイスの語気はだんだんと強くなっていき、最後には嘆きに変わっていった。あの泥を大切にすることはトゥワイスにとって償いであると同時に、戒めでもあるのだろう。それを好奇心から暴いてしまったことに罪悪感を覚える。
「俺もいつか、あんな風に泥になっちまう時がくるのかな……」
ポツリと呟かれた言葉は、今にも泣き出しそうな湿っぽさをはらんでいた。 恐らく、トゥワイス自身が何度も想像し恐怖したことなのだろう。その場しのぎの否定の言葉では、その恐怖を和らげることなどかなわないと思った。だから、俺はトゥワイスの話を聞いてみることにした。
「それが怖いから、覚えてほしくて俺に話した?」
「そうかもしれない。俺は俺が本物だという確信が持てないんだ」
正直なところ、目の前のトゥワイスが本物のトゥワイスであるかは俺にも分からない。けれど、目の前のトゥワイスが、俺にとっては本物のトゥワイスであるということには確信を持っていた。
「俺にとってのトゥワイスは目の前にいるお前であることに変わりはないし、死んで泥になろうが死体になろうが最後は無になるだけだ。それはコピーでも生きてる人間でも変わらないさ」
「跡形もなく消えたりしないか」
「たとえ無くなってもお前のことを俺が覚えてるよ」
結局のところ、死ねば無になる。それでも、人が生きることが出来るのは誰かの記憶に残り、その人の意識に爪痕を残すことで生きたことが無意味ではなかったと信じられるからではないだろうか。記憶という痕跡は消したくてもそうそう消せない。同じ目標に向かって行動し、苦楽を共にした仲間なら尚更だ。
「そうか、なら、少し、安心した」
トゥワイスは手に持った煙草の煙が風に攫われていくのをジッと見つめていた。その目は消えゆく煙すらも慈しむように穏やかだった。
「なあ、Mr.。俺の作ったやつらに魂って宿ると思うか?」
突然向けられた問いに俺は首を捻る。難しい問いだと思った。トゥワイスの言っている魂が、丁寧に作られたものには魂が宿るとかいった類のものではないことは確かだ。
「正直なところ、よく分からないねぇ。魂が何なのかすら分からねぇ。よく魂の重さは21gだとか言うけれどその実験すら怪しいらしいしなぁ」
そう返すとトゥワイスは小さく「そうか」と言って笑った。
「さっきも言ったが、俺は俺が本物であるという確証が持てない」
「だから、偽物にも魂があると思いたい……とか?」
「そうかもしれないな。いや……。なぁ、少し昔話を聞いてくれるか?」
「ああ、いいぜ」
トゥワイスは2本目の煙草を取り出して火をつけると、遠い目をしてポツリ、ポツリと語り始めた。
「俺は昔、俺を沢山増やして楽しく悪さをしていたんだ。仲間はもちろん俺のコピーだから、俺自身は一人なんだけど、俺にとってはかけがえのない仲間だった」
「今でもお前は仲間を大切にするもんな」
「違うんだ。大切になんてしてなかったんだ。俺は俺たちの王だった。雑用も全部やらせた。所詮俺のコピーだという思いがあったんだろうな。仲間だと言いながらもその実は雑に扱ってたんだ。だから俺に対する俺たちの反乱が起きた」
「自分たちが殺し合ったっていう事件か」
「ああ、そうだ。最悪の光景だったよ。いや最高さ!……ああ、クソ…黙れ……」
「慣れてるから気にすんな。それで?」
「それで俺は……俺たちの泥を集めたんだ。仲間だったから。嘘つけ!奴隷さ!嘘じゃない。本当に大切な仲間だったんだ……でも同時に俺もこんなふうに跡形もなくなるんじゃないかって怖くなって、何かを残したくて集めたのもあるんだ……。結局自分のためさ!そうさ、最低だろ?」
トゥワイスの自問自答が激しくなる。思い出すのも辛い記憶なのだろう。それを俺に話そうとしてくれているのだ。止めるわけにはいかない。
「気持ちが分かるとまでは言えないが、俺は最低だとは思わないさ。それで?」
「それで、一番仲の良かったやつだった泥で俺をかたどったんだ。俺が仲間だと思っていたものの正体が、俺自身の正体が泥だと思いたくなかったから。だから、仲間だった頃のあいつを作ろうと泥をこねた」
「それで出来たのがあの泥人形ってわけか」
「ああ。何度も作り直すうちにどんどんと小さくなって、顔も笑いかけてくれていた頃じゃなくて俺を殺そうとした時の表情しか思い出せなくなって……最終的にやめたんだ」
「壊さなかったんだな」
「壊せなかったんだ。泥のままにしておくと全部消えちまうような気がして。あいつの泥はあれだけだから」
「そっか」
「泥の塊と動いていた頃のあいつで何が違うのかって言ったら魂の有無だと俺は思いたいんだ。動いていた頃のあいつは確かに魂のある存在で考えて生きていたんだって思いたいんだ。それが無くなったからあいつはもう動かないんだって思いたいんだ」
トゥワイスの気持ちは痛いほどよく分かるが同時にその考え方は危険だと思った。コピーに魂が宿ると妄信してしまえば、トゥワイスはコピーが壊れるたびに心を傷つけられることになる。
「トゥワイス、その考えは……」
「分かってる。分かってるんだ。そんなことはありえないし、あってはならないって。今はもう分かってるんだ」
「だから、”昔話”を聞いてくれ、か……」
「ああ、そうだ。昔話、だ」
そういってトゥワイスは薄く笑った。その目は憑き物が落ちたように穏やかだった。
目の前で崩れそうになりながら、形を保つトゥワイスを目にして、以前に焚き火にあたりながらした話を思い出していた。
俺とトガちゃんを助けながらも、ホークスにやられたと謝罪を口にしたトゥワイスは、本物のトゥワイスであるように感じられた。けれども、その身体から溢れる泥がそれを否定している。
「俺…もう…増えない……。ごめん。最期まで…本当に」
その言葉に俺はトゥワイスの死を悟り、声を掛けようと口を開く。それよりも先にトガちゃんの身体が動いた。
「たすけてくれてありがとう」
トガちゃんの言葉にトゥワイスは幸せな笑みを浮かべた。心から満ち足りた笑みだった。
そのままトゥワイスはドロドロと溶けて泥になった。
その様子をトガちゃんと俺はただ呆然と眺めていた。
しばらくするとトガちゃんは拳を固く握り、俺の横をヒラリと通り過ぎていく。トガちゃんの目には深い哀しみが湛えられていた。
残された俺は泥を前にしてトゥワイスの言葉を思い出していた。
「動いていた頃のあいつは確かに魂のある存在で考えて生きていたんだって思いたいんだ、か……」
俺は目の前の泥を丁寧に集めて圧縮し、ポケットに入れた。
21gにも満たないそれは、確かな重さを主張していた。