※fusetter投稿文
宮崎駿監督の創作に対する想いの詰まった作品であると感じたけれど、冗長で楽しめなかった。
それでも、持ち帰った石はあったかな。
公開初日に見に行きました。
結論から言うとNot for meだった。
刺さる部分もあったが、その内容すらも希釈されてしまい冗長と感じて楽しめなかった。
おそらく、私が映画に求めているものはストーリーの意外性やセリフ回しの面白さといった分かりやすい面白さを求めているからだと思う。
義母や母親との会話などは特に刺さるところがなかったので、あえて触れていません。
・刺さった所
創作している人間にとって、死ぬまでに何かを作り上げて残したいと思うのは当然だろう。そして、そうやって希望をのせて作りあげたものに対して良いものであるという自負と共に、空想ゆえの空虚さや無力さを感じることはよくあることだろうと思う。
本作はそうやって作り上げた世界に触れてくれた人間に対して、自分自身の感性に沿って何かを作り上げてほしいという切なる希望と、ままならぬ現実を前に空想は無力で、託してもよいのかという迷いが見えた。
大叔父様がもう作れないと話すシーンは監督の正式な引退宣言であると同時に、後継者への頼んだぞというメッセージであると感じた。
そのメッセージを受けて、インコの大隊長が慌てて積み上げた積み木は「作り上げることに固執してこうなるなよ」という反面教師的なメッセージにも見えたし、メッセージの選別や組み立てを十分にせずに作り上げられた本作自身のことを暗喩しているようにも見えた。
後者の意味も含まれているのであれば、恐らく最後になりうるであろうこの作品を上映したということ自体に監督の創作に対する執念とある種のニヒリズムのようなものを感じずにはいられない。
未来に対する想像=希望や絶望といったものも創作の一種のようなものである。とすると、人間は創作なしには生きていくことが出来ないということになる。
本作はそんな人間の創作活動について、君たちにはこうやって石を積み上げてほしいと弱弱しくも訴えかけている。一度は悪意に染まっても、それを認めてまっすぐ見つめることで、自身の感性で石を積み上げていくことができるのだと伝えている。
本作をみて私が持ち帰った石はこんな形である。
・退屈だと感じたところ
疎開するまでのアニメーションや炎の演出はワクワクしたし、面白かった。
問題は疎開してからだ。主人公が極端なほどに喋らない。あまりにも喋らないので、疎開後に話すシーンまでは火事を見に行った際にのどが焼けて話せなくなったのかと思い込んでいたほどだ。何なら、カヘッカヘツという謎ワードものどが焼けた主人公が話そうとすると出てくる声みたいなものなのかと推測していたほどだ。
この主人公が喋らないせいで、物語の核である主人公の心情や行動の動機がかなり薄く感じてしまう。しかも、会話があったとしても微妙に噛み合っておらず、面白味もない。微妙に噛み合っていない会話にリアリティがあるのかもしれないが、本作はファンタジーな要素が強めなため、物語の雰囲気から浮いているように感じた。
それに会話のテンポが遅い。映像も綺麗であることには間違いないのだが、映像で間を持たせられるほどの綺麗さや動きはなく、そのカットがいるのか疑問に思うシーンも多かった。
本作を宮崎駿版の不思議の国のアリスのようで面白かったと言っている感想を何件か見た。きっと、宮崎駿監督作品が好きで、不思議の国のアリスのように意味深で不可思議な世界観が好きな人にとっては、私の不要だと思ったカットも楽しめたのだろうと思う。しかし、私はそうではない。宮崎駿作品のオマージュに気が付くほど思い入れもなければ、ストーリーを重視するので世界観重視では楽しめない。
冒頭でも書いたがNot for meだ。
本作は宣伝がなかったが、それすらもこの作品を楽しめる人のみを映画に誘いこむための策略だったのではないか。私は話題性という餌に引っ掛かってしまった、歓迎されていない客だったのだろう。
・全体を通して
本作を見ている最中は正直に言えば苦痛でしかなかったが、帰ってからこうやって書き出してみると、悪くなかった気もしてくる不思議な映画だった。2回目は見ないか、ながら見するだろうなという程度の思い入れではあるが、それでも持ち帰った石がある。
それで十分なのだろう。