平行線をなぞる(シュラウド兄弟)

※6章配信前の2020年12月18日に書いたものになります。

過去捏造、オルトが雷に打たれて死んだ設定になってます。

――このゆがみを自覚しない限り、僕たちは永遠に交わらない――


――回想(幼少期)

久しぶりのおつかいは気分が最悪だった。夜は特に青白く光る髪が目立つ。
周囲の人の視線が痛い。
「見て、あの髪の毛。シュラウド家の子達よ。」
「ああ、あの呪われた……」
通りがかりの人間がひそひそと僕たち兄弟を指す。僕はこの反応にも慣れている。けれど、オルトは……。
オルトが繋いだ手を強く握りしめる。オルトは唇を噛み、悔しそうに目を伏せていた。
オルトの手を引き、足早にその場を立ち去る。人気のない裏道に逃げ込むと、オルトをギュッと抱きしめた。
「気にすることないよ」
腕の中でオルトが小さく頷くと安心したようにため息をついた。
「ねえ、兄さん。やっぱり僕たち呪われてないよ。だって、兄さんがいるだけでこんなに幸せだもの」
「兄さんもだよ」
僕の言葉にオルトは満面の笑みをこちらに向ける。大きな瞳に星空が映り、キラキラと輝いていた。
見上げると満天の星空。思わず息を飲んだ。流れ星がキラリと光る。
「あ、流れ星」
「本当?じゃあ、願い事を唱えないと!」
一つ、二つ、三つ。流れ星は次々に落ちてくる。今夜は流星群かもしれない。オルトと僕は流れ星が落ちるたびに願い事を唱えながら帰路に着く。駄菓子をおなか一杯食べたいだとか、ゲームし放題だとか他愛ないことを唱え続けた。
「お星さま、願い事が一杯で困っちゃわないかな?」
「うーん、どうだろう。さすがに欲張りすぎたかも?」
僕がそういうとオルトは困ったような顔をして、じゃあ一つだけ絶対に叶えてほしいことをお願いするね、っと言ってきた。
流れ星が落ちる。
「ずっと兄さんと一緒にいれますように!」
大声で唱えたオルトの顔は星空に負けないほど、輝く笑顔だった。

運命は残酷だ。オルトの亡骸を抱えながらそう思った。
雷に打たれたオルトにありとあらゆる魔法を試した。けれど、無駄だった。
今まで僕は魔法が使えれば何でも出来ると思いこんで、人並み外れた自身の才能を鼻に掛けていた。けれど、魔法は何も救ってはくれなかった。これは罰だ。魔法に傾倒して科学を馬鹿にしてきた僕に対する罰だ。
「オルト……」
オルトは答えない。オルトの魂が抜けていく。このままでは逝ってしまう。止めないと。
必死に頭の中の記憶を探る。見つけた方法は禁忌と呼ばれる魔法で、莫大な魔力を消費するためオーバーブロットを起こす危険性があるものだった。そして、条件はもう一つ。高純度の魔法石が必要だった。
ペンダントに付けた魔法石を外し、歯で挟む。一か八かの賭けだ。
その時、頭の中で誰かが僕を呪われた不幸の子だと笑う声が聞こえた。
黙れ。
世界が僕を呪っているというならば、僕はそれ以上に世界を呪い返してやる。これは世界に対する宣戦布告だ。禁忌の魔法を使ってオルトの魂を留めさせることが出来るかの賭けだ。
僕は世界を呪いながら、魔法石に力をいれて噛み砕いた。
噛み砕いた片方の魔法石にオルトの魂が吸い込まれていく。突如、世界が暗転し、身体から力が抜けた。
「僕の勝ちだ……」
そう呟いて、僕は意識を手放した。

目を覚ますと、家にいた。使用人が僕を発見して連れてきたらしい。僕の手にはしっかりとオルトの魂を結びつけた魔法石が握られていた。ギュッと握るとほのかに暖かい。必ず、兄さんが元に戻してあげるから。魔法石にそう誓うと中で青白い光が揺らめいた。
ドアがノックされ、扉が開く。入ってきた使用人は驚いた眼をした後、哀しそうに目を伏せた。
「イデアさんが無事で良かったです。オルト坊ちゃんは残念ながら……」
使用人が声を詰まらせて告げる。僕はその内容を否定するために二つに割れた魔法石を差し出した。
「オルトの魂はここにいます」
使用人は二つに割れた魔法石を見ると驚いた目をした。
「なんてことを……」
そう言うとそのまま走ってどこかに行ってしまった。
禁忌の魔法に手を出したのだから仕方がない。一人残されてすることもなく、ベッドの上で過ごしていると母さんが入ってきた。
「魔法石を割ったそうですね」
開口一番にそう言われ、オルトの入った魔法石を差し出す。
「オルトの魂を繋ぎとめるために仕方なく……」
母さんは魔法石を見ると呆れたようにため息をついた。失望と憐みのまなざしで僕を見つめている。
「オルトは死にました。亡くなったのです。葬儀は明日執り行います。心の整理をつけるのは難しいでしょう。ゆっくり受け入れていけばいいのです」
その言葉に、母さんはオルトの魂がここにあることを信じていないことを悟った。そして、向けられた失望の眼差しには魔法石を割るという暴挙により、魔法の名門の出の息子が落ちこぼれたことに対する諦めであったと悟った。
誰も僕の言葉を信じてはいなかった。

オルトの葬式はしめやかに執り行われた。はずだった。
周囲の人々はオルトの死を悼んで花を手向けるでもなく、死んだのはさも当然とでも言うように噂話に花を咲かせている。
「やっぱり、呪われたシュラウド家の子ね。関わった人間も自身も不幸にするなんて」
「きっと、あの子も不幸になるに違いないわ」
葬列者どもは僕にお悔やみを告げるどころか、関わらないように避けている。遠巻きにひそひそと指さし、笑う声が聞こえてくる。僕は下唇を噛んだ。
悔しい。
シュラウド家の血が憎い。
何よりもオルトの死を悼むそぶりすら見せない他人が化け物のようで恐ろしかった。
そして、周りの声を聞くうちにシュラウドの血がオルトを死に追いやったように、本当に周囲を不幸にするのではないかと自分自身が恐ろしくなった。
大声で叫んで逃げ出したくなるような感情を必死で抑える。強かに噛んだ下唇から血の味がした。
肉体に別れを告げたオルトがもう二度と感じることのないであろう味。生きている実感を嫌というほどに伝えてくる鉄臭い味に吐き気と罪悪感がこみ上げた。

葬式が終わってから僕は自室に籠るようになった。
オルトの新たな肉体を設計するためという理由はもちろんのこと、あの日に感じた周囲を不幸にしてしまうのではないかという恐怖がまとわりついて離れなかった。
広い部屋にオルトの魂を封じ込めた魔法石と僕一人。奇妙な静寂が支配する空間は心地よかった。この閉じられた空間の中は誰も不幸になることのない安堵に満ちていた。
そんなある日、ナイトレイブンカレッジへの入学案内が届いた。
時間も他者との関わりも希薄になるこの空間で過ごすうちに長い年月が経っていたようだ。
そのころになるとオルトは持ち運びさえすれば外部の情報収集を行えるまでになっていて、僕自身も魔道エネルギーの第一人者と呼ばれるまでになっていた。ナイトレイブンカレッジは名門と名高い学校であるため、入学すれば魔道エネルギーの最先端技術を会得できるに違いない。ただ、入学するにあたって不安要素がいくつかあった。
一つはオルトのことだ。
オルトと共に流れ星に願いを込めたあの日を思い出す。オルトの願いは僕とずっと一緒にいることだった。そして、それは僕も同じだった。オルトの入学が認められないのであれば、入学する意味はない。
もう一つは自分自身の不幸体質のことだ。
シュラウド家に関わったものは不幸になるという噂を信じる気はないが、心のどこかで真実だったらどうしようという恐れを抱いているのもまた事実だった。ナイトレイブンカレッジは寮制度。同室者が噂を信じる人間で拒絶される可能性もある。そうなれば、自分自身が耐えられる気がしなかった。
どうするか迷った末にメールを出すことにした。オルトの事情と自身の事情を書き連ね、返信を待つ。
返ってきたメッセージは簡素なものだった。
“寮のことは事情を汲んで配慮いたしましょう。私、優しいので。それとオルト君の持ち込みも許可しましょう。機械の持ち込みは禁止していませんので”
要望を許可する内容のはずなのに喜ぶどころか、メールに書かれた“機械”の二文字を酷く冷静な目で見つめている自分に気が付いた。
そうだ、機械の人形が本物の人間になるなんてありえない。
奇跡が起こるのは都合のいいおとぎ話の中だけだ。

――入学式

新入生の席にオルトの居場所は用意されていなかったので、仕方なく保護者用の席に座らせる。大勢の人間が一堂に会する場は苦手で逃げ出したかったが、オルトの視線が不思議と僕の心を安堵させていた。
鏡の間での組み分け時は全員の視線が一斉に集まる。奇異のものを見るような視線から逃げるようにフードを目深に被った。
配属されたイグニハイド寮は比較的陰キャが多くて安心した。これならば、変に好奇の目に晒されて傷つくこともなさそうだ。組み分け後は自由に行動して良かったのでオルトの元に向かい抱きかかえる。
ホッと一息ついていると他寮の先輩と思われる人間が話しかけてきた。
「何それ?最先端のヒト型スマホ?」
出、出たー。クソ陽キャ。どう答えようか迷っていると腕の中にいるオルトが笑顔で答えた。
「僕、オルトシュラウド!兄さんの弟だよ!僕も一緒に入学したんだ、よろしくね!」
「うわ、キモッ。機械を弟呼ばわりしてんの?お前。ないわ~」
ニコニコと笑うオルトに対して先輩は眉を顰め、言葉を吐き捨ててどこかに行ってしまった。
傷つくものか。この反応は想定内だ。そもそも陽キャに僕の崇高な研究と家族愛など分かるわけないんだ。心の中で自分を守る言い訳を紡ぎながらオルトを抱きしめる。
すると、唐突に肩を叩かれた。同じ寮の新入生のようだ。
「ご、ごめんね。話聞いちゃって。ぼ、僕はキミの弟くん素敵だと思うよ」
「あ、ありがとう……」
どうやら先ほどの話を聞いていたらしい。どもりながら喋る様子を見るに人見知りなのに僕をフォローするために話しかけてくれたらしい。まともで優しい人もいたものだ。
どぎまぎとした時間が流れる。すると、彼は唐突にポケットから何かを取り出した。
「僕も他人に理解されないけれど、お嫁さんがいるんだ。ほら、この子」
取り出されたのは魔法使いリルルちゃんのフィギュアだった。リルルちゃんは単なる萌えゲーではなくピーキーな難易度のゲーム内容とハードなストーリーでコアなファンが多い。フィギュアは限定のレアものにどうやら発声機能を搭載したものらしい。
「リルルちゃんの限定フィギュアですな…。それもオリジナルの改造済み……」
僕がそう返すと彼は顔を煌めかせ、ドヤ顔でオリジナルの搭載機能について長々と話し出した。
先ほどまではまともで優しいと思っていたが前言撤回だ。優しいが変態(褒め言葉)だ。
どうやら、話しかけたのも同類がいると思ってのことらしい。けれど、オルトを認めてくれる人がいると分かっただけで凄く嬉しくなる。僕も負けじとオタク特有の早口でリルルちゃんについて語りあった。
一通り話終わるころには、寮の部屋に戻る時間になっていた。また今度、と手を振って彼と別れて部屋に入った。
「兄さん。凄く楽しそうだったね。僕、嬉しくなっちゃった」
「そ、そうかな……」
照れながらそう返すとオルトは目を伏せて悲しげに笑った。
「兄さん、ここのところずっと笑ってなかったから……」
言われてみればしばらく笑っていなかった。オルトに指摘されて初めて気が付いた。
「オルトと二人っきりの時はずっと研究に没頭しちゃってたからね。でも、その時間が一番落ち着くからね」
そう返すとオルトの顔がパッと明るくなる。
「本当?だったら僕も嬉しいな。僕も兄さんと一緒にいる時間が一番幸せ!僕にももっと色んな事が出来たら、兄さんと一緒にゲームしたり遊んだり出来るのになぁ」
オルトの言葉にチクリと胸が痛む。まだ、何も出来ない身体でいるオルトは本当に幸せなのだろうか。
「兄さんが必ずオルトの身体を作って動き回ったり、ゲームも出来るようにしてみせるから」
「うん、ありがとう!でも、無理しちゃダメだよ!」
「ハイハイ、分かっているよ」
ベッドに腰かけ、オルトを床に置く。少しでも早くオルトに身体を作るために図書館の蔵書を調べて必要な知識の収集とパーツ集めをしなければならない。端末で蔵書を調べ、人目を避けながら図書館へ向かった。

ーー現在
「兄さん、起きて。ピクニックするんでしょ」
「あと5分……」
寝惚けまなこでそう答えるとオルトに毛布を回収されてしまう。仕方なく起き上がり、オルトの方を見やると購買の食事をいっぱいに詰めたお弁当箱を持っている姿が目に映る。
「準備万端って感じだね」
「もちろん!今日は絶好のピクニック日和だよ!」
そう言ってカーテンを開けられる。日差しが眩しい。僕がドラキュラなら一発で死んでしまうだろう。逃げるように日差しに背を向けて普段着に着替える。オルトは横で小躍りしながら僕を待っていた。
「絶好のスポットを見つけたんだ!景色もとっても綺麗で、誰も来ないから兄さんでも安心だよ!」
「うん、楽しみだね」
あまりにも嬉しそうに笑うオルトに外から出たくないという本心を伝えることが憚られた。
着替えが終わるとオルトに手を引かれて、ピクニックのスポットに案内される。
案内された場所は色とりどりの花が咲き誇っており、ちらほらと野生の動物もいるようだった。
「ね、綺麗な場所でしょ?たまたま、散歩してたら見つけたんだ」
爽やかな風が頬を撫でる。柔らかな花の香りが鼻腔をくすぐった。
「いい香りだ」
思わずそう呟くと、オルトは吸気口を開けて周囲の空気を分析し始める。少し時間を置いてオルトが大きく頷いた。
「うん!“いい香り”だね!」
向けられた笑顔に返す言葉が見つからず、思わず目をそらす。
「どうしたの?兄さん。あ、分かった。お腹が空いたんでしょ!」
発せられた言葉に僕はうん、と返すことしか出来なかった。
「はい、準備完了!いっぱい食べてね、兄さん!」
広げられた食事に手を付ける。美味しい。美しい花々の香りが食事に彩りを与えてくれている。外で食べるだけで普段の食事がこんなに美味しくなるなんて驚きだ。たまには綺麗な風景の中で食べるのも悪くないかもしれない。
「ありがとう。オルト。ピクニックに連れ出してくれて」
「兄さんが楽しんでくれるなら毎日だってピクニックに連れていくよ!」
「それはちょっと勘弁して……」
他愛のない話をしながら、ご飯を食べる。そんな僕の様子をオルトはニコニコと見つめていた。僕一人だけが食べているせいか、なんだか一人でおままごとをしている様な居心地の悪さを感じた。オルトは食事は出来ないが味覚センサーがあるため味を楽しむことは出来るだろう。そう思い、オルトにも食事を勧めようとしたがふと思いとどまった。きっとオルトが口にした瞬間に味は花の香りと同じように0と1の情報に還元されて値の集合体と化してしまうだろう。そして、還元された情報は美味しいというデータを弾き出すだけだ。僕が今感じている、花の香りが食事を彩るような感動をオルトが感じることはないだろう。
そのことに気が付くとオルトに食事を勧めようという気持ちは消えてしまっていた。それと同時にその経験を与えてやれない自分の未熟さに悔しさを覚える。
「兄さん、これ」
浮かない顔の僕に気が付いたオルトが花を差し出してきた。
「“綺麗”だよ」
その言葉にオルトが僕と同じ感動を覚えているかのような錯覚を覚えたくなる。
そっとオルトの手に触れて花を受け取る。オルトの手からは確かなぬくもりと冷却ファンの振動が伝わってきた。
「うん、綺麗だね」
受け取った花は僕たちの間で優しく風に揺れていた。

あとがき
オルトのセリフに今の僕と兄さんのメモリーを作っていきたいとあることや、イデアのセリフに人形が本物の人間になることはありえないとあることから、オルトもイデアも現在のオルトはオリジナルの存在と異なる存在であると認識していると思うんです。
にも関わらず、互いに相手のために、あるいは自身のエゴのためにオリジナルのオルトと思い込むことで兄弟関係を続けようとしている。この歪な関係性はイデアがオルトを作り始めたことで生まれた一種の呪いのようなものだと思います。
けれど、この呪いは互いへの思いやりから生じたものなので私の目には儚く、美しく、尊く映るのです。
この呪いから解放されたとき、二人は本当の兄弟としての関係性を再構築できると思うのですが、その日が来てほしいような来てほしくないような複雑な気持ちです。6章はやく来い~~