Weaverの偽善者の声という曲の歌詞がめちゃくちゃベクターであることに気が付き、これは是非このイメージを伝えなければと思った。
以下、解釈
ホントはいい人なんだ「綺麗事」
ちょっと苦手なだけさ「嘘つきだね」
なんだろこの感情は「憎しみさ」
自問自答繰り返してる
僕と僕が
→ベクターの真月が会話しているイメージ。絆されかけている自分と、それを否定したい自分。抱いている感情に優しいものもあったのに、憎しみだと自分に言い聞かせている
目を背けて 言葉だけ
「どんな未来も愛してしまいたい」
性格なんて直せやしないのに
→前世の良い性格の頃を思い出したけれども、結局は言葉だけの綺麗ごとで前世や現在でやったのは非道な行い。それを楽しんで行った性格なんて変わりやしない。
もう誰かの幸せ願って 生きている自分は偽物だ
さらけ出せる心もない僕は からっぽだ
→衝撃の真実である真月が偽物であったシーン。誰かの幸せのためにと良かれと思ってやっていたのはすべて嘘で、本物の自分は空っぽだと告げている
ねぇホントはあいつが嫌いだ でも嫌いな自分も嫌いだ
正しい答えを探したって 苦しいよ
→明るくて優しくて素直で騙されやすい遊馬のことが嫌いだけれど、そんな明るさを忌避する自分自身も愛することは出来ず、どのような在り方が好きなのかという答えすら見つけることが出来ない。微かに残った前世の記憶が本当は遊馬のような在り方に憧れ、そうありたいと思っていた人間であったと告げるが、その後に起こった悲劇からその在り方が良かったと受け入れることも出来ない。苦しいのである。
誰もが互いを見て
偽善者(ニセモノ)だって指差し合ってる
僕らの世界だ
→自分すらも信じられず、人間不信に陥ったベクター。差し伸べられる言葉すらすべて偽善としか思えなかった。
祈る手は休めないように
見せかけでいい 疑われるぞ
→助けるために手を差し伸べる遊馬に対して偽善だろうと吐き捨て「なら俺の道連れになってくれよ」と頼んだベクター
何が正しいんだっけ
何もわからないけど
→当然そのお願いは拒否されると思っていたのに遊馬は「いいぜ、お前を一人にしない」と一緒に居ることを選んでくれた
ねぇ誰かの幸せ願って
生きている自分はここにいて
→人間不信に陥り、すべて偽善だと思っていたベクターに信じたいという思いと遊馬に死んでほしくないという思いが生まれた。遊馬の幸せを願って、生きている自分はここにいると実感したのだ。
さらけ出せる心もない僕も
愛せるよ
→虚構に塗れた空っぽの自分すら嫌いだったベクターは遊馬に愛されることで自分を愛することが出来た。そして、そんな自分が大切に思う遊馬を道連れにするという選択は出来なくなった。それゆえに一人で死ぬことを選んだのだ。何かを大切にしたいという心が芽生えた瞬間である。本編の台詞である「君なんて道連れに出来ないよ」「さよならだ」はその心の芽生えた瞬間の言葉として何と美しいことか。だから、さよならだ、の口の動きと愛せるよの歌詞を合わせた。歌詞を書いてくれた人が愛せるよの部分だけ大文字にしてくれていたので伝わっていると思いたい。
偽物の愛でも別にいい
その光で誰か救えたら
正しい答えなど
もう誰にもいらないんだ
→歌詞の通りですね……
感じてください……