かなわぬ願い(ホークス+トゥワイス)

「よくやった。ホークス。これでお前は二人ものヒーローを殺したわけだ」
バッグに詰められた死体を見てゆるりと口角を吊り上げ、楽しげに荼毘が笑う。
失敗した。
まさか、こんなことになるとは思っていなかった。あの時、軽率に話題に出したのが間違いだった。
そんな後悔を抱えながら、俺は荼毘に背を向けて部屋を後にした。

事の発端は一週間前のことだ。
荼毘が俺に任務を命じた。とある治癒能力を持つヒーローの死体を持ってこいという命令で、脳無の開発に使うからということだった。
「この前ので最後だって言ってただろ」
「お前の仲間入りのための試練が最後というだけだ。これは正式に仲間入りしたお前への初めての任務。もちろん、やってくれるよなぁ?ホークス?」
ギリッと奥歯を噛み締め、無理やり笑顔を作る。
「あんまり殺しはしたくないんですけどねぇ、気持ちのいいものでもないですし」
「全面戦争が始まれば嫌でも殺しはすることになる。その時に殺しはしたくないと駄々をこねる役立たずはウチには不必要なんだがな」
「分かりましたよ、やればいいんでしょ。でも、俺にやらせるのはなかなかリスキーだと思うんですけどね。バレたときのことを考えたら」
「そこはNo.2ヒーローのホークスの腕で何とかしてくれるんだろ?期待してるぜ?」
荼毘にどんな言葉をつかっても、任務を撤回しないことは分かりきっていた。渋ったのはあくまでホークスという人間性に一貫性を持たせ、信憑性を持たせるためだ。今回もジーニストの時のように上手いこと誤魔化せばいい。
とはいえ、今回は実験に使われるらしい。前のように本人を仮死状態にしても、解剖されればそれでお終いだ。犠牲を出さずに荼毘の目を欺く、そのための課題は山積みだった。

公安に個性因子を有した偽装死体を作れないかと聞いてみたが答えは不可能という答えだった。前回のように本人を仮死状態にして送り込む方法もそのまま実験に使われるため不可能。途中で逃げ出してもらうのも、俺への信用が揺らぐだけでなく、それによって先に送り出したジーニストの身に危険が及ぶ可能性があるため不可能。残された方法は本人の身体の一部を持っていき、誤魔化すぐらいしかない。けれど、脳無に使われるメインである身体の一部が、脳であることを考えるとその方法も現実的ではなかった。
――君は犠牲に目を瞑れる人間だと思っている。
敵連合にスパイとして潜入することになったときに公安から言われた言葉を思い出し、重いため息をついた。
「なんか悩み事か?ホークス?元気そうだな!」
トゥワイスから声をかけられ、思考を現実に戻す。今はトゥワイスへの講義の休憩時間。色々と内容を詰め込まれて、頭がパンクしたトゥワイスのために小休憩を挟んだところだった。
「すみません。ちょっと考え事をしてました」
「荼毘がお前に何か仕事を頼んだって言ってたけどそれのことか?」
「まあ、そんな感じですね」
ホワイトボードを書く手を止めて、困ったような笑顔をトゥワイスに向けて作る。トゥワイスはそんな俺の顔を見て真剣な眼差しをした。
「どんな仕事内容なんだ?俺に力になれることなら何でもするぜ!」
「……あるヒーローの死体を持ってこいという話でして。脳無の実験に使うらしいです」
「お前の知り合いなのか?」
知り合いとは言っても何度か見かけたことがある程度だ。深い仲ではない。けれど、トゥワイスに何か協力を仰ぐのならば仲が良いということにしておいた方が話は早いだろう。
「まあ、それなりに……ですかね」
視線を床に落とし、悲しい目をしてそう返す。
「いずれ敵対することになるヒーローとはいえ、それはキツイよな……」
トゥワイスはしばらく考え込むと持っていたペンを机に勢い良く置いて、立ち上がった。
「よし!俺が荼毘にそんな仕事はこれで最後にしてくれってお願いしてくる!荼毘はイイヤツだからきっと首を縦に振ってくれるさ!嫌なやつだ!」
「ありがとうございます。でもまだ俺は信用されてないんで厳しいと思いますよ」
「嫌な仕事を無理やりやったんじゃ、お前のいう鳥籠と同じだろ?俺はさ、自分自身がどうなりたいか、何がしたいかが大事だと思ってるんだ。だからさ、ホークスがやりたくないって思ってるなら、その気持ちを大事にして欲しいんだよな!どうでもいいぜ!」
屈託のない笑顔で言われて、思わず言葉に詰まる。自分自身がどうなりたいか、何がしたいか。
……俺はヒーローが暇を持て余す世界にしたい。けれど、そのためにはなりたい自分とは違う自分にならなければならない。やりたくないこともしなければならない。理想論では自分の望むものは手に入れられない。とっくの昔から分かっていたことだ。
それなのに、いや、だからこそかもしれない。ただ純粋に相手のことを想い、どうなりたいかという気持ちを尊重することのできるトゥワイスの生き方が眩しく思えた。
「……ありがとうございます。さ、講義の続きをしましょうか」
「おう!やなこった!」

荼毘からの任務に対して良い案が思いつかないまま時間だけが過ぎていく。そろそろ荼毘の催促を躱すのも難しくなってきた。
――君は犠牲に目を瞑れる人間だと思っている。
嫌な言葉が頭をよぎる。もう、殺すしか手は残されていないのか。スゥと息を吸い、覚悟を決めて拳を握り、標的に向かって羽ばたこうとする。それを止める声が廊下から響いた。
「ホークス~~!!」
トゥワイスが大きなバッグを引きずりながら俺の元に駆け寄ってくる。
「どうしたんですか、そんなに大きなバッグを持って」
「いいものを持ってきたぜ!これを荼毘に持っていけば万事解決だ!」
トゥワイスはとても良いものを持ってきたと言わんばかりの笑顔でバッグのジッパーを開ける。何が入っているのかと不思議に思いながら覗き込んだ。
中に入っていたのは死体だった。
「荼毘の言ってた標的のヤツの死体だ!お前は殺しがしたくないっていうから、俺が代わりにやっておいたぜ!」
ニコニコと笑いながら死体を指さすトゥワイスを見ながら、俺は急速に自分の体が冷えていくのを感じた。先ほど殺すと覚悟を決めたはずなのに、いざその現実を突き付けられると受け入れられない自分がいた。
「貴方がやったんですか?」
「ああ!楽勝だったぜ!苦労した……」
「そう、ですか。ありがとうございます。代わりに仕事をしてもらっちゃってすみません」
「いいってことよ!これで死体を持ってくるっていう荼毘からの任務は達成だな!これで最後にするって荼毘のやつとも約束したから、もう大丈夫だ!」
そうか、俺は殺しがしたくないんじゃなくて、犠牲を出したくなかったのか。こんな形で自分のしたくないことを突き付けられるとは思っていなかった。よりによって、やりたくない気持ちを大事にしてほしいと言ってくれた貴方に。笑顔を取り繕ってトゥワイスから死体を受け取る。ニコニコと死体を差し出すトゥワイスの笑顔を直視することが出来なかった。

「よくやった。ホークス。これでお前は二人ものヒーローを殺したわけだ」
バッグに詰められた死体を見て、ゆるりと口角を吊り上げ、楽しげに荼毘が笑う。
失敗した。
まさか、トゥワイスが殺すなんて思っていなかった。あの時、軽率に話題に出したのが間違いだった。
トゥワイスなら、彼なら何とかしてくれるのではないかと甘い期待を抱いたのが間違いだった。そんな後悔を抱えながら、俺は荼毘に背を向けて部屋を後にした。

「どうだ?荼毘は受け取ってくれたか?」
「ええ、貴方がやったと疑いもせずに受け取ってくれましたよ。まあ、先ほどのやり取りをスケプティックにバラされたら貴方が殺したとバレちゃいますけどね」
「おーい、スケプティック!なんかいいものあげるから黙っといてくれよな!何もあげねぇよ!」
「そんなんで聞いてくれますかね?」
「まー大丈夫だろ、あいつもいちいちチクるほど暇じゃないしな」
トゥワイスはいつも通りの調子で口を開く。それなのに、いつもの暖かさは感じられなかった。変わったのは、俺のほうだ。
「なあ、ホークス。一つ頼みがあるんだけどよ、いいか?」
「なんでしょう?」
「俺をそこの森まで連れて行ってくれないか?森に行かなきゃならなくなってよ」
「いいですけど、何分ぐらい森にいる予定ですか?何なら手伝いますよ」
「いや、大丈夫だ!特にすることはないからよ。森で時間を潰したいっていうか…..。まあ、そんなところだ!」
口ぶりから察するにサンクタムか誰かから仕事を押し付けられそうになって逃げているのだろう。トゥワイスは連合の仲間以外にはあまり関心がなく、仕事をさせられないように逃げる傾向にある。これもそのうちの一つだろう。
トゥワイスを抱えて、空へ飛び立つ。空は今にも雨が降り出しそうな暗い雲に覆われていた。

「高ぇ!低いな!おしっこちびりそうだぜ!落っこちたら分身じゃなくてもぐちゃぐちゃになっちまう!」
「高度下げますか?」
「いや、大丈夫だ!訓練訓練」
「訓練?なんのですか?」
何か空を飛ぶ作戦でも近々あるのだろうか。探りを入れるために世間話を装って情報収集をする。
「お前と空を飛ぶための訓練だよ。ヒーローを倒したら、一緒に自由になった空を飛ぼうって言っただろ?」
その答えは予想していなかった。トゥワイス自身もその言葉を大切に思ってくれていたとは。きっと少し前の俺ならその事実を少なからず嬉しく思っていただろう。けれど、今はもう……。
「そうでしたね。その未来を掴むためにもヒーロー殲滅を頑張らないとですね」
「ああ!そうそう、次のヒーローとの戦いの時はサッドマンズパレード後の処理はお前に頼むぜ!ちょうどいいからな!」
「処理?」
「サッドマンズパレードの後には俺が沢山できちゃうだろ?それにダメージを与えて壊してもらう必要があるんだよ」
その情報は今までの戦闘データで収集済みの内容だ。トゥワイスは自身の分身を作ることは出来るが、自らの意志でそれを壊すことは出来ない。
「前のときはさ、殴り合いしたり、毒で死んでみたんだけど上手くいかなくてさ」
「上手くいかなかった?」
「殴るのはダメージがイマイチで死なない個体が出て、毒殺はダメージが与えられないから死んだだけで死体は残っちまったんだよ。後から荼毘とか死柄木に処理してもらったんだけど広範囲となるとピンポイントで俺の死体だけ壊すのに最適なのがいなくてさ」
「なるほど、大変そうですね。貴方の分身とはいえ、殺すのは気が引けますが役に立つなら喜んでお受けしますよ」
俺の言葉を聞いてトゥワイスは驚いた顔を向けてきた。
「俺の分身を殺すのに気が引けるって言ってくれたやつ初めてだ。ありがとうな」
「どういたしまして。確かにあのメンバーだと躊躇なく殺しそうですもんね……」

「ここでいいぜ!」
トゥワイスが降下地点に選んだのは鬱蒼とした森だった。確かにここであれば誰も来ることはないだろう。一月の芯まで冷えるような気温は数時間過ごすだけでも堪える寒さだ。人目につかずに時間を潰すためだけであればもっと寒さを凌げる場所があるように思えた。
「本当にここでいいんですか?寒いですし、何もないですよ。電波だって届くかどうか……」
「いいのいいの!ほら、帰りはワープで帰るから誰にも見つからないところのほうがいいんだ。ワープ使わないと死にそうなところじゃないとワープを使わせてくれねぇしよ」
「なるほど、ワープは切り札ですもんね。何かの能力で発動場所を探知されるとまずいから中々使わせてくれないわけですか」
「そーそー。そういうこと」
幹部クラスであり、驚異的な戦力として数えられるトゥワイスは解放戦線にとっても失うわけにはいかない存在だ。その幹部がサボりのせいであれ、命の危機に瀕していれば助けざるを得ない。トゥワイスも自身の脅威性をどこまで理解しているのかは分からないが、少なくとも見捨てられはしないだろうという算段があるのだろう。
「風邪ひかないで下さいね」
「おう、ありがとうな!」
トゥワイスを監視してワープの手がかりを得たいところではあるが、探知する能力持ちもおらず、自らも監視下に置かれている現状では怪しまれるだけだろう。トゥワイスは数時間後にはアジトに戻ってくるはずだ。俺は先にアジトに戻って、他の情報収集に時間を使った方がいい。時間は限られている。トゥワイスが俺には殺しをさせないようにと荼毘に約束してくれたようだが、別のメンバーに殺しを依頼しないとも限らない。
もう犠牲は出したくない。
最速で望む世界を手に入れるために、大空に向けて翼をはためかせた。

一週間後。

「あれから風邪はひきませんでしたか?」
「風邪?特にひいてないけど」
トゥワイスはペンを止めるときょとんとした顔で俺の方を向く。
「あの森、結構寒かったと思うんですけどそのスーツで大丈夫でした?」
「んー、えっと、まあそれなりに寒くないように設計してくれてるからな!大丈夫だったぜ!大丈夫じゃなかった!」
「最近のスーツの技術は凄いですもんね。俺も新しいの発注してもらおうかな」
デトネラット社が作るスーツ技術を実際に確かめたり、製造元を調べたりするのにも役に立つかもしれない。とはいえ、作ってもらったスーツに何か仕込まれていたりしても困るので、ここはトゥワイスにスーツを見せてもらうだけに留めていたほうが賢明か。そんなことを考えていると扉の外からこちらに向かう足音が聞こえた。カツカツと響くブーツの音、規則正しいリズム、姿勢の良さを感じさせるその足音は部屋の前で止まり、扉をノックした。
「誰だ?」
「恐らく、ミスターコンプレスですね」
扉の前に立っていた男はドアノブを捻り、部屋に入ると面白くなさそうに「正解」と言った。
「どうしたんだ?コンプレス?」
「それはこっちが聞きたいよ。荼毘の奴、めちゃくちゃ怒ってたぜ?何したんだよ?部屋まで来いだとさ」
「あ、やべ!ホークス!ここで待っててな!ちょっと怒られてくる!」
トゥワイスは怒られる原因に心当たりがあるようで、慌てて部屋から飛び出した。その背中にこっそりと羽をつける。荼毘を怒らせるような失態をしたのであれば、その失態が綻びとなり襲撃を行う糸口となる可能性がある。聞かないわけにはいかない。幸い、コンプレスは俺には用はないと言わんばかりに一瞥もくれずに部屋を出ていった。

『この泥、何か分かるな』
『う……。悪かったよ、荼毘。お前を騙したりしてさ、反省してるよ。反省しないね!』
『ホークスは知ってるのか?』
急に自分の名前を出されて動揺する。トゥワイスはいったい何をしたというのだろうか。
『知らねえ。だから、あいつは悪くねぇ。この前の約束はナシってのはないよな』
『ナシだ。と、言いたいところだが、今回みたいなことがアイツに任務を与えるたびに起こるんじゃ面倒くさいからな。守ってやるよ。仲間、だもんな』
『さっすが荼毘!話が分かるぜ!』
話の流れから察するに〝この前の約束〟とはもう殺しの命令を俺に出さないという約束のことだ。そして、トゥワイスは荼毘とのその約束をナシにされかねない内容で騙した。その騙しには泥、つまり二倍の能力が関係している。
ああ、そういうことか。ということは、あの人は今もあそこにいるはずだ。
その人物が今頃どうなっているのかを想像して、俺は急いで飛び立った。

誰も寄り付かないような鬱蒼とした森の中でその人影を見つけた。最後に別れた場所からはそう遠くない位置にある木に体重を預けて寄りかかり、浅い息をしている人物に向けて声を掛ける。
「どうして、こんなことをしたんですか」
トゥワイスの作り出した分身体はゆっくりと俺の方を見て笑った。俺が殺しを命じられていたヒーローを複製し、毒を使ってその死体を作り上げた分身体。作った死体が崩壊することから自ら死ぬこともできず、誰かに見つかることも許されずに分身体は静かに朽ちていくのを待っていた。
「俺がこうしたかったからだ。ホークスに嫌なことをさせたくなかったんだよ。俺達のいる連合は鳥籠なんかじゃないって知ってほしかったんだ。言ったろ?自分自身がどうなりたいか、何がしたいかが大事だって」
空腹と寒さに震えながらも、マスク越しに俺を見つめる目は優しく暖かかった。ただひとえに仲間のことを想い、行動するトゥワイスがそこにいた。
「俺さ、ホークスに一つ謝らないといけねぇことがある」
「なんですか?」
「俺、お前も騙しただろ?知り合いのヒーローが死んだと思って、凄く傷ついていたからさ」
この人はこの期に及んでそんなことまでも気にしてくれるのか。
「いいんですよ、そんなこと。貴方は誰も傷つけてはいないんですから。ほら、戻りましょう」
トゥワイスに手を差し伸べる。握り返してきたトゥワイスの手は酷く冷たかった。
「なあ、あそこの高台に連れて行ってくれないか?景色を見ておきたいんだ」
「いいですけど、何もないですよ」
トゥワイスを抱えて高台に向かう。空はあの時と同じような曇り空で、それがなんだか嫌な予感をさせた。

トゥワイスは高台からジッと空を見つめていた。冷たい風が吹き荒び、ポツポツと雨が降り始める。
「トゥワイス。もう戻りましょう。雨も降ってきましたし、これ以上いると貴方の身が危ない。いつ気絶してもおかしくない状態なんですから」
「いいんだ。ホークス。俺は死体を作るために作られた分身だ。お前が来たってことはもう荼毘にバレたってことだろ。もう用済みなんだ、俺は」
「何を言って……」
「いいんだ。戻ったとしても分身体を治療する余裕なんてない。荼毘にも会わせる顔がない。だから、いいんだ」
「俺はよくないですよ。俺はもう犠牲を出したくないんです」
「俺は分身だ。泥だ。犠牲のうちには入らないさ」
ゆっくりとこちらを振り向いたトゥワイスは、死の覚悟を決めた人間の意志の固さを感じさせる目をしていた。
「どうしても、死ぬっていうのであれば俺にやらせてください。苦しまないようにしますんで」
俺の提案にトゥワイスはゆっくりと首を横に振った。
「俺さ、嬉しかったんだ。お前が分身とはいえ殺すのは気が引けるって言ってくれたこと」
トゥワイスは優しく俺の方を見ながら、崖へと後ろ向きに歩を進める。トゥワイスは今この瞬間も俺がしたくないことを理解し、尊重してくれている。今、ここでトゥワイスの歩みを止めて、代わりに殺すことはそんなトゥワイスへの裏切りになるように思えて、次に続く言葉が出ない。死を覚悟した者の前に、語りかける言葉も、伸ばせる手もないのだろう。
「ホークス。一緒に空を飛ぼうって約束、守れなくてごめんな」
トゥワイスは崖から体を放り出し、飛び降りる。トゥワイスの身体が崖を転がり落ちていく音だけが雨の中周囲に響いた。
服が汚れるのも気にせず、地面に手をついてトゥワイスの落ちた崖下を覗き込む。視界には雨に濡れて泥となった地面が広がるばかりで、どれがトゥワイスだったものなのかも分からなかった。
「俺は貴方のことを殺したくもないですし、死ぬところも見たくなかったんですよ」
虚空に向かって呟いた言葉は、誰に届くこともなく雨と共に地面に吸収されていく。ふと、ぬかるんだ地面についていた手を見ると泥にまみれて汚れていた。

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