ラブに関する話(Mr.コンプレス×トゥワイス) 

Mr.コンプレス視点
ミスターって結構面倒見いいよね。なんで?っていう話です。
ミスターの幼少期捏造してます。

お題:
仁のピアスの穴をムニムニする迫
相手の家に行ったら風邪っぴきの相手が出てきて甘やかす話(風邪ではなくなった)


 トゥワイスが電話に出ない。
 敵連合の定期連絡の係を担っている俺は、連絡がつかない場合に状況を確かめる必要がある。とはいえ、荼毘やトガちゃんなどのメンバーは電話に出ないことが多く、わざわざ確認に行くことは稀だった。
 けれど、トゥワイスが電話に出ないのは珍しい。何かあったのかもしれないと思い、様子を見に行くことにした。
 外に出ると真夏の刺すような日差しがジリジリと路面を照らし、うだるような暑さが襲い掛かってきた。道行く人に目を向ければ、誰も彼も暑そうに汗を垂らしてる。そんな中で散歩している一匹の犬が目に映った。大型のラブラドールレトリバー。それも長毛種だ。俺はその犬によく似た犬に覚えがあった。小学校4.5年生のころだろうか。

 ――暑い夏の日だった。小学校からの帰り道を歩く俺をジリジリと刺すような日差しが肌を焼き、玉のような汗が流れる。焼け石に水。流れ出た汗は俺から水分を奪うばかりで、身体の熱を連れていってはくれなかった。シャツをパタパタとさせて空気を送る。俺と同じように太陽に熱せられた生ぬるい風が入ってきて、それが俺を苛立たせた。
 俺の横を同じ年ぐらいの小学生が走りぬける。どうやらヒーローごっこをしているようだ。長い木の枝を剣のように振り回し、正義の鉄槌を下すのだと息まいている。ご苦労なことで。半ば呆れながら、正義の鉄槌とやらが下される敵に目を向けてみれば、そこにいたのは犬だった。暑苦しそうな長い毛はボサボサでその口にはハンカチが咥えられていた。
「俺のそのハンカチを奪った罪は重いぞ!」
 どうやら、その犬は小学生のハンカチを盗った罪に問われているようだ。小学生は枝で犬を叩いている。犬はというと、逃げることもせず、間抜けな顔でその小学生の方を見つめていた。正義の名のもとに行われるその行為に嫌気が差し、苛ついていた俺は思わず声を掛けていた。
「おい、やめろよ」
「何だよ、知らねー奴は声を掛けてくんな!」
 小学生が犬を叩く手を止めて、俺の方を振り返る。すると犬は小学生の身体に鼻先を擦り、「ワン!」と一鳴きした。その様子に俺は合点がいった。
「その犬さ、お前にハンカチを返したいんじゃないの?」
「は?そんなわけ……」
 小学生はそう言いながらも恐る恐るハンカチに手を伸ばす。すると、犬はあっさりとハンカチを離した。この様子だと犬がハンカチを奪ったというのも疑わしい。概ね、落としたハンカチを犬が拾って渡そうとしてくれていたといったほうが正しいかもしれない。
「な?」
 そう言って、眉を動かすと小学生は気まずそうに目線を逸らし、逃げるようにして去っていった。そして残される、俺と犬。犬の方は何が起こったかすら分かっていない様子で尻尾を振っている。撫でられるのを待っているのだろうか。そう思い、俺は頭に手を伸ばす。ワシャワシャと撫でると金色の毛は柔らかく薙ぎ、俺の手を埋もれさせていった。毛の間から覗く皮膚には傷があちこちに走っており、垂れた左耳には指が入りそうなほどの大きな穴が空いていた。きっと、さっきのような出来事は今日だけのことではないのだろう。
 それなのに、俺を見つめる丸く大きな目からは警戒心は欠片も感じられなかった。
 この犬を置いて一人で帰路に着くのも何だか憚られ、ゆっくりと歩く。ついてこないならそれでいいし、ついてきたらその時はその時だ。親に言って面倒をみられるように頼んでみよう。どちらでもいいと思いながらも、自然と犬と歩調を合わせていることに気が付き、苦笑する。犬はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、最後まで着いてきた。

「おじいちゃん、この犬の面倒をみたいんだけどダメかな?」
 玄関を開けると出迎えてくれたおじいちゃんに開口一番に問う。すると、おじいちゃんは細い目を更に細めて快諾してくれた。
「圧紘が初めて連れてきてくれたお友達だ。丁重にもてなさんとな。名前は何て言うんだい?」
 名前。名前……。考えていなかった。犬の方を見ると間抜けな目でこちらをジッと見つめていた。
「じゃあ、ラブ。ラブラドールレトリバーだから、ラブ」
「そりゃぁ、いい名前だ。ラブってのには愛って意味もあるからな」
 おじいちゃんはラブの頭をワシャワシャと撫でると、その撫でた方の手を嗅いで顔を顰めた。
「おっと、これは……。まず、彼をシャワーに招待せにゃならんぞ。圧紘」
 おじいちゃんはクルクルと優雅に手首を回し、あちらへどうぞと庭先を指さす。促されるままに庭先に出れば、水やり用のシャワーホースが置いてあった。先ほどまでおじいちゃんが水やりしていたのだろう。草花は水に濡れてキラキラと光り、裸足になれば地面からしっとりと心地よい冷たさが返ってきた。
 シャワーを持って、ラブに水を掛けるとラブは嬉しそうに尻尾を振った。石鹸をつけて身体を擦れば、どんどんと明るくなっていく毛色の変化が面白く、気が付けば夢中でラブの身体を洗っていた。
 終わった頃には俺自身も全身がベショベショに濡れており、あれほど暑かった日差しは傾いて夕焼け空へと姿を変えていた。自分とラブの身体をタオルでゴシゴシと擦り、水分をふき取る。ラブは嬉しそうに目を細めてジッと俺に拭かれていた。
 ラブの身体を拭き終えた頃には俺はクタクタに疲れていた。そのまま縁側に大の字になって寝転がる。その隣でラブも横になり、寝息を立て始めた。

 次に目を開けると星空が目に映った。身体には毛布が掛けられており、冷たい夜風から身体を守ってくれていた。ラブは相変わらず寝息を立てている。
「圧紘、起きたか」
「うん」
 声のした方を向けば、エプロン姿のおじいちゃんが立っていた。その姿に晩御飯を食べていなかったことを思い出す。縁側から食卓に入ると柔らかな昆布だしの香りが漂ってきた。おじいちゃんは俺が入ってきたのを見て、鍋に火をかけ直し、土鍋からご飯をお茶碗に盛り付けた。
「ご飯にしようか」
「うん。お腹ペコペコ」
「そりゃあいい。美味しくご飯が食べられるからな」
 ご飯を運ぶためにキッチンに入ると、見慣れない料理が盛り付けられたお皿があった。
「おじいちゃん、これってもしかしてラブのご飯?」
「ご名答。彼の口に合うといいがね」
 そういいながらも、おじいちゃんはにこりと笑って俺に歯を見せた。それはおじいちゃんが自信がある時の仕草だった。
「おじいちゃんがそうやって笑う時は大丈夫な時だよ」
「そうとも限らないぞ、圧紘。不安なときにあえて笑う時もある。自信があるように振舞って自分を鼓舞させてるのさ」
「じゃあ、さっきのは?」
「さっきのは……自信があった!」
「なら、ラブのご飯は大丈夫だ」
 ラブの元へご飯を運ぶと、ラブは匂いにつられて目を開け、パクパクと食べ始めた。その様子を見ていると俺も何か食べたくなってくる。走ってキッチンに戻り、おじいちゃんを手伝った。

 次の日の朝起こされて目を開けると、首輪とリードを手に持ったおじいちゃんが立っていた。
「ほれ、見ろ、圧紘!おじいちゃんな、ラブのために首輪とリードを買ってきたぞ」
 満面の笑みでおじいちゃんは買ってきた品を見せびらかしている。おじいちゃんは一度決めたら、それをすぐにする人だ。この首輪とリードも近所のペットショップが開店すると同時に買ってきたのだろう。
「圧紘、今日は健康診断のためにラブを動物病院に連れて行こうか。ラブは傷だらけだったろ?」
「うん、そうだね。ちゃんと診てもらわないと。あ、朝ご飯と着替えを済ませるまで待っててね」
「それぐらい待ってやるさ」
 おじいちゃんはクシャリと笑い、起き上がった俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。おじいちゃんの手と寝ぐせで髪の毛はボサボサだ。上機嫌に部屋を出ていくおじいちゃんを追いかけて部屋を出る。食卓につくとすでにご飯を食べ終えたラブが、ゆっくりと近寄ってきた。その身体を抱きしめて、おはようと声を掛ける。ラブの身体からは石鹸と陽だまりの匂いがした。

 動物病院の中は消毒液の匂いと獣臭が入り混じっていた。その嗅ぎなれない匂いがなんだか落ち着かず、俺を不安にさせた。静かな待合室では話すことすら憚られ、黙ってずっとラブの頭を撫でていた。ふと、耳の穴が視界に入り、指を掛ければ、ラブはくすぐったそうに耳をパタパタさせた。その様子がおかしくて、耳に触れてはラブが耳をパタパタさせるのをじっと見ていた。
 そうやって過ごしていると、ラブの名前が呼ばれた。診察室に案内されて中に入る。おじいちゃんが病院の先生に、ラブが昨日まで野良犬だったこと、傷だらけであることなどを話して診察が始まった。
 ラブは血液を取られても、身体を触られても、暴れることなくジッとその大きな目で俺を見つめていた。そんなラブのことを看護師さんは「大人しくて賢い子ですね」と褒めた。何となく、それは違うと思った。なぜそう思ったのかは分からなかった。
 検査と診察が終わり、先生が口を開いた。その顔つきは固く、何か良くないことを言われるのではないかと不安になった。
「ラブくんの残された時間は少ないかと思います」
 不安は的中した。思わずラブの身体に触れると温もりが伝わってきて、ラブがまだ生きていることを実感させた。そして、そのぬくもりが近い将来、消える日が来ることを想像して寒気が走る。先生が血液検査の結果や傷の状態などについておじいちゃんに説明しているけれど、どの言葉も脳の上を滑ってしまって内容が入ってこない。グルグル、グルグルと脳の上を回る言葉に視界がグラつき、吐き気が込み上げる。
 ふと、手に別の暖かい温もりが伝わってきた。手の方を見るとおじいちゃんの手が重ねられていた。グルグルと回り続ける言葉がその手を伝ってどこか遠くに流れていく。それと同時に吐き気も治まっていた。

 病院を出て、帰路につく。ラブの足取りは会った時と同じくゆっくりだった。のんびりしているだけだと思っていた速度が、ラブの体調の悪さを反映しているように感じられた。そのことに気がつけなかったことに申し訳なさがこみ上げて、ラブの頭を撫でた。
「ラブは何をしたら喜ぶかな?走り回るのも、しんどそうだし……」
「ただ、一緒にいてやればいい。それだけで十分だ」
「分かった。そうするよ。ずっと一緒だよ、ラブ」
 ラブはワンと鳴き、尻尾をブンブンと振った。

 その日以降、俺は学校からまっすぐ家に帰ってはラブとゆっくり散歩したり、縁側でのんびり過ごしたりするようになった。
 ラブは俺にとってかけがえのない友人であり、家族だった。ラブが来るまでは、仕事で家を空けがちな両親に寂しさを覚えていたけれど、ラブが来てからはそれもなくなった。世話をされる側からする側になったことでやるべきことができて、それを行っている瞬間が俺に生きているという実感を与えてくれた。
 きっと両親もそうなのだろう。俺を養うために働きに出て、その瞬間に生きているという実感を覚えているのだろう。そう思うと、両親が俺を構わないことも納得できた。けれども、構われない側が寂しさも覚えることも知っていた。だから俺はラブをうんと可愛がることにした。
 俺にとってラブと過ごす時間が一番価値のある時間だった。ラブは日に日に歩ける距離も短くなり、粗相をする回数も増えていった。そうなれば、そうなるほど、俺はラブから離れられなくなった。夢中で世話をした。寝るときですら一緒だった。

 冬が来る頃にはラブはほとんど歩けなくなり、食べられるご飯の量も減っていった。俺は何とかラブが食べられるものを、とおじいちゃんに料理を教わりながら餌を作るようになっていた。その日もラブが一番好きな食べ物を用意して餌を作った。
 けれども、ラブは一向に手をつけようとしなかった。ラブは餌を置いたまま、ゆっくりと俺の部屋に入り、ベッドに横になった。そして、俺の方を見て、ワンと一鳴きした。
 大きな黒い目が真っ直ぐに俺を見つめていた。
 ラブに促されるように、俺はベッドに横になった。その大きな身体に腕を回せばぬくもりが伝わってくる。
「ラブ」
 その名前を呼べば、ラブはワンと鳴き声を返した。
「ラブ。死なないよね……?俺はラブの死ぬところなんて見たくないよ」
 その問いかけにラブは鳴き声を返さなかった。きっと、それが答えなのだろうと悟り、ラブの身体をギュッと抱きしめる。トクン、トクンとラブの心臓が鼓動を刻む音が伝わってくる。その音にいつまでも耳を澄ませていた。

 翌朝、目を覚ますとそこにはラブの姿は無く、ぽっかりと空いた毛布が残されていた。慌てて起き上がり、家中を探し回る。けれども、どこにもラブの姿はなかった。
「おじいちゃん!ラブを見てない?」
 おじいちゃんを叩き起して、そう問う。けれども、おじいちゃんも知らないようで首を横に振った。ならば外だろうと、慌てて外に飛び出す。後ろからおじいちゃんの声が聞こえたけれど、そんなことはお構いなしに街中を探し回る。散歩道やよく行く公園、いつもは気にしない路地裏まで探して回った。
 それでも、見つからなかった。
 気づけば辺りは暗くなり、電灯が道を照らしていた。それでも、諦めきれずに、いつもの散歩道をとぼとぼと歩きながら探した。
「ああ……。ようやく会えた」
 前方から声がして、そちらを向くと懐中電灯を持ったおじいちゃんが立っていた。おじいちゃんはそのまま俺に駆け寄ると俺を抱きしめた。
「こんなに身体が冷えて……」
 その言葉で初めて自分の身体が冷えきっていることに気が付いた。おじいちゃんに触れている皮膚が徐々に温まり、感覚が戻ってくる。その部分だけが現実に引き戻されたように、外気の冷たさを伝えていた。
 ラブは寒くないだろうか。一人ぼっちでこんなに寒いところにいて、寂しくないだろうか。もし、俺が傍に居たら、こんな風に抱きしめて、一緒に寒さを分かち合えるのに。そんなことをおじいちゃんの腕の中でじっと考えていた。
 おじいちゃんは抱きしめていた腕を緩めて、腕に掛けていたコートを俺に羽織らせた。そして、優しく俺の手を握り、歩き出す。
「おーいラブー。圧紘が待ってるぞ~」
 懐中電灯を照らしながら、おじいちゃんは大声で呼びかける。その呼び声に反応する声はなく、サラサラと風に揺れる草木の音だけが返ってきた。それでも、おじいちゃんは声を出してラブを探し続けた。俺も一緒に声を出して、辺りを探し回る。俺とおじいちゃんの声が静寂の中で反響し、懐中電灯が闇を照らした。
 視線を上げれば、街灯や家の明かりは遠くまで続いており、その先には星空が瞬いていた。その途方もなさに目がくらみ、今まで探していた場所が小さな範囲でしかないことを思い知る。何となく、ラブとはもう会えないのだと悟った。
「おじいちゃん。帰ろうか」
「……分かった。そうしようか」
 帰り道を懐中電灯で照らしながら、おじいちゃんと二人で歩いた。
「あのね、おじいちゃん。きっとラブは遠い所にいったんだ」
「遠いところ?」
「そう、遠いところ。俺が見つけられないぐらい遠いところにいったんだよ」
「どうして、そう思うんだい?」
「俺が昨日、ラブに死ぬところを見たくないって言ったから。だから、きっとその言葉を守ろうとしてくれたんだ。ラブは賢いから、自分が死ぬのを分かっていたんだ」
 自分で口に出した死ぬという言葉にジクリと胸が痛む。それでも、言葉はとめどなく溢れだした。
「俺が死ぬところを見たくないなんて言わなきゃ良かったんだ。ラブを一人で死なせるぐらいなら、死ぬ最期の瞬間まで一緒にいてあげるって言ってやれば良かった。ずっと一緒って約束したのに、俺があんなこと言わなければ。きっと今頃ラブは……」
 俺の言葉を遮るようにおじいちゃんは俺を強く抱きしめた。気が付けば、自分の頬に涙が伝っていた。
「ラブは幸せだったさ。最期の瞬間まで、お前に報いたいという己の望みを叶えられたんだから」
 優しく、それでいて俺に言い聞かせるようなしっかりとした口調だった。その言葉に俺が頷くと、おじいちゃんは優しい笑みを浮かべてクシャシャと頭を撫でた。

 その日以降、ラブの姿を見たことは一度もなかった。ラブとの別れは、今も俺の心にぽっかりと穴を残している。

 そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にかトゥワイスの家の前に立っていた。
 コンコンとノックをするが返事がない。ドアノブを捻るが回らず、鍵が掛かっていた。それならばと、針金を取り出して鍵を開けた。
 部屋の中に入るとベッドの上でぐったりと横たわるトゥワイスが目に映る。トゥワイスは入ってきた俺に気が付かずに浅い寝息を立てていた。その全身は汗に濡れており、着ているタンクトップは肌の色が透けさせている。安否確認の為に揺り起こそうと腕に触れると、熱っぽい体温が伝わってきた。どうやら具合が悪いようだ。
「トゥワイス。大丈夫か」
 トゥワイスは俺の声に薄く目を開けて、「大丈夫だ」と掠れた声を返す。ゆっくりと俺の方を見る目は虚ろで、返事とは裏腹にトゥワイスの体調が良くないことは明らかだった。干してあるタオルを取って、水道で濡れタオルを作る。そのひんやりとしたタオル地でトゥワイスの顔を拭い、髪の毛をワシャワシャと拭いていく。金色の髪が揺れて、カーテンの隙間から零れる光を反射した。トゥワイスは俺に拭かれながら気持ちよさそうに目を細めていた。
 その瞬間、胸がキュッと締め付けられる感覚がした。懐かしい。ラブもこうやってタオルで拭いてやるとこんな風に目を細めていた。そのまま、濡れタオルで耳を拭くと、その左耳に小さな穴が開いていることに気が付いた。ラブと一緒だ。ラブの左耳にも穴が開いていた。何だか偶然とは思えず、トゥワイスの耳たぶをムニムニと触る。トゥワイスは俺を不思議そうにじっと見つめながら、俺に耳を触らせていた。
「この穴、いつ開けたの?」
「穴?耳の穴か。気がついたら開いてた」
「そんなことある?」
「あるんだよ。知らないうちに開いていて、中学の頃はそれでよく怖がられた。不良なんじゃないかってな」
 難儀なものだろ?と自嘲気味に返すトゥワイスはこの穴を良く思っていないようだった。それでも、俺はその穴にただならぬ運命を感じ、穴の開いた耳たぶを触り続けた。そんな俺を先ほどと同じようにトゥワイスはじっと見つめていた。
「そんなにジッと俺のことを見つめても何も出ないぜ?」
「知ってる。俺の耳をそんなに触っても何も出ないぜ。膿ぐらいなら出るかもしれねぇけど」
「分かってるよ。ただ、耳の穴とは遠からぬ縁があってな」
「耳の穴くらいピアスとかで誰でも開いてるだろ」
 トゥワイスの言葉に確かに、と納得する。けれど、トゥワイスの耳の穴にはピアスの穴以上のものを感じていた。トゥワイスの金色の髪も、じっと見つめる瞳も、ピアスの穴も、そのどれもがラブのいた頃を想起させて離さない。
「トゥワイス。今日は俺に面倒を見させろよ」
「は?」
「世話してやるって言ってんの」
「大丈夫だ、世話なんかいらねぇよ」
 トゥワイスはそう言いながらベッドでごろりと寝返りをうって、そっぽを向いた。
「なんで?」
「うつすと悪いから」
「見たところ、熱中症だろ?うつらねぇよ。で、他に反論は?」
 ベッドに手をついて、トゥワイスの顔を覗き込む。俺に見つめられたトゥワイスは暫く黙りこみ、気まずそうに口を開いた。
「これ以上、迷惑は掛けられないからだ」
 これ以上、といった時のトゥワイスの視線が義手に向けられたのを見て、納得する。こいつは俺の手が吹っ飛ばされて以降、俺に気を遣っている節がある。今回もそういうことだろう。
「まだ、気にしてんのか。最近の義手もそう悪くはないぜ。何て言ったって圧縮玉の収納機能付だ」
 カチリと義手を鳴らして圧縮玉を取り出し、指の間で弄ぶ。我ながら見事なものだと思うがトゥワイスの顔は依然として暗いままだった。
「まだ、痛むのか?」
「ん~、たまにね。それよりもこの季節は義手と腕の間に汗が溜まって気持ち悪いかな。見てみる?」
 トゥワイスは俺の問いに、面を食らったようにその目を見開いたが、少し思案した後に小さく「ああ」と返した。ボタンに手を掛けて汗ばんだシャツを脱ぎ、義手とソケットを取り外す。ソケットから解放された腕が久しぶりの外気を浴びて、涼しさを取り戻した。露わになった左腕の断面をトゥワイスの方に向けて、右手でトゥワイスの右腕を掴み、その断面に触れさせた。
 じっとりと湿った腕にトゥワイスの熱い手の感触が伝わってくる。トゥワイスは親指で断面に走る傷跡をなぞった。トゥワイスの目は自身の罪と向き合うかのように傷跡を真っすぐに見つめていた。きっと傷を見せることでこういう反応をすることを、俺は期待していたのだろう。俺はトゥワイスのこういう所を好ましく思っていた。決して自身の罪から目を逸らさないところ、罪悪感をくすぐれば抵抗せずに従う従順さ、見た目にそぐわぬ繊細な心、そのどれもがトゥワイスの人となりを象徴していた。そして、その愚直ともいえる純粋さにラブを重ねているのも確かだった。
「感覚はあるのか?」
 トゥワイスが手を止めて、そう俺に問う。俺の頭は返事を考えるよりも先に、トゥワイスの手が止まったことを残念がっていた。
「あるよ、ただ膜が張ったみたいに少し鈍いけど」
「そうか、変な顔をしてたから痛いのかと思った」
 そこまで表情に出ていたとは思わず、慌てて表情を戻す。
「ま、この傷のことは忘れて今日は俺に世話になっとけって。な?」
 忘れさせないような事をしておいて、なんて口ぶりだろうと我ながら思う。けれど、ここまでしなければ、トゥワイスは俺からの提案を断るだろう。さっきの行為は言ってしまえば、主従関係の確認作業のようなものだ。罪悪感を植え付けて、俺からの提案にNoと言えない関係を意図的に作ったのだ。
 トゥワイスは俺の期待した通り、逆らうことはしなかった。
「誰かが一緒にいてくれるだけで裂けにくくなるか……」
「それじゃ、今日は俺が世話するってことで。メシ作ろうか?」
「ミスターが料理が出来るなんて意外だな」
「こう見えても、子供の頃はよく料理してたんだぜ。ま、犬の餌だけど」
「犬も食わない飯じゃないだけ上出来だろ」
「確かに」
 落ちているシャツを羽織り、トゥワイスに背を向けてキッチンに立つ。流し台にはカップ麺や弁当のゴミが残っており、日頃の食生活の悪さを感じさせた。当然、冷蔵庫には碌な食べ物は入っていない。仕方なく、適当に缶詰や梅干しを使って冷たいお粥を作る。作りながら、俺はトゥワイスの視線を感じていた。
「ジッとみてどうしたんだよ?」
「なんか、ミスターを見てたら安心するんだよな」
 トゥワイスの言葉に、昔診察台で俺を見つめていたラブの目を思い出す。ラブもあの時不安でしょうがなくて、俺を見つめていたのだろうか。
「体調が悪くて人恋しくなったか?俺の分身を作るって発想はなかったのかよ?」
「それはなんか違うだろ」
「違うって?」
「分身はあくまで分身だってことだよ。それに世話を断られたら後処理が面倒だ。朝飯前だぜ!」
「そういうもんか。ま、俺の分身がお前の世話を拒絶することは絶対にないと思うけど」
「なんでそう言い切れるんだ?」
 トゥワイスからの問いかけに、言葉に詰まる。自分で言っておいて、なぜそう言い切ったのか分からなかった。ラブに似ているからだろうかと思ったが、それに気が付く前からトゥワイスの家に行こうとしていた。他の連合メンバーにはない、気にかけるだけの理由があるはずだというのに、それが分からなかった。
「仲間だからだよ」
 答えに困った結果、当たり障りのない答えを口にする。自分では納得していないが、この答えなら仲間想いのトゥワイスなら納得させられるであろうという自信はあった。
「なら、ミスターの具合が悪い時は、俺に世話をさせてくれよ。仲間なんだろ?」
 その期待通り、トゥワイスは嬉しそうに答えを返す。単純なやつで助かったと思う反面、トゥワイスの口にした仲間という言葉にもやもやとする。こいつは仲間なら誰でも世話をするのだろうか。いや、きっとするのだろう。なぜそんな当たり前のことにイラついているのか分からなかった。
「若干の不安はあるけど、その時はよろしく」
 釈然としないまま、用意したお粥をベッド脇にあった小さなテーブルに乗せる。トゥワイスはヨロヨロと床に座り、ベッドの縁にもたれ掛かるとお粥をパクパクと食べ始めた。
 その様子がラブに似ているなと思っているうちに、気がつけば俺の手はトゥワイスの頭をワシャワシャと撫でていた。トゥワイスは突然の出来事に手を止めて、丸く見開かれた目でオレをじっと見つめる。
「や、褒めてやろうと思って」
 自分でも処理しきれていない状況に言い訳にもならない言葉を紡ぐ。
「大のおじさんがおじさんにか〜〜?」
 トゥワイスは一種のジョークと受け取ったのか、大きな口を開けて笑い飛ばした。
「なんだ?トガちゃんみたいな女子高生なら良かったか?ん?仁くん?」
 俺もそれに乗っかりふざけた口調で返すと、トゥワイスは唇を尖らせる。
「その呼び方やめろ!もっと言って!」
「なんでだよ?いい名前じゃないか。仁くん。仁愛とか言うだろ?仁には思いやりとか愛って意味もあるしよ」
 そこまで言ってハッとする。ラブの名前を決めたとき、おじいちゃんが言っていた言葉と同じだ。ますますトゥワイスとラブが被り、切り離そうとしても切り離せなくなる。
「本当に、お前にピッタリな名前だよ……」
「なんだよ、急にしみじみと。まあ、ありがとうな。メシも食ったら少しマシになってきた」
 笑顔でそう話すトゥワイスの顔は、確かに来た時よりかは幾分か元気そうに見えた。
「にしても、ミスターって意外と面倒見がいいよな。連絡もマメだし、こうやって来てくれるし」
「まあ、そういう係だしね」
「係とはいえ、面倒まで見ろとは言われてはないだろ?それなのにやってるのが凄いぜ」
「やるなら出来るだけ、完璧にしたいだけだよ。やってることだって、昔してた犬の世話と変わらねぇしよ」
「犬の世話をさも簡単なことのように言えることが凄いんだよ。犬は世話に対して金も物も返さないからな。見返りを求めない愛がないと出来ないことだ」
 トゥワイスの言葉に納得する。確かにラブの世話をしている時は見返りに何かを欲しいとは思わなかった。けれども、何も返ってこないと思って世話をしているわけでもなかった。
「愛を返してくれるんだよな、犬ってさ」
 きっと、その信頼にも似た期待が俺にラブを世話させたのだろう。ラブはそんな風に思わせる、真っすぐな目と優しい心を持っていた。
 そして、目の前にいる男も同じものを持っている。
 そこまで考えて、合点がいった。愛してくれることを期待していただけじゃない。
 俺だけを必要としてくれることを期待していたのだ。
 ラブにも、この目の前の男にも。
「なあ、トゥワイス。お前は俺の目の前で死んでくれよ」
「急になんの話だよ」
「最期まで俺に世話させろって話だよ」
「やっぱ、お前、相当な世話好きじゃねェか……」
 トゥワイスは呆れながら言葉を返す。その言葉を否定せずに俺は笑った。
「こんなに世話してくれるやつなんて、俺以外にいないぜ」
 トゥワイスの顎を掴み、俺の目を真っすぐに見つめさせる。
 これから俺を愛し、必要とするであろう人間の、警戒心を欠片も感じさせない目がそこにはあった。